渡水復渡水(みずをわたり またみずをわたり)
看花還看花(はなをみ またはなをみる)
そのあとに、
春風江上路(しゅんぷう こうじょうのみち)
不覺到君家(おぼえず きみがいえにいたる)
と続きます。
明代の詩人 高啓 (1336-1374)の詩「尋胡隠君」(こいんくんをたずぬ)です。
"水を渡り、また水を渡り、花をながめ、さらに花をながめ、春風にふかれつつ河沿いの路を行ったら、いつのまにかあなたのお宅に着いていました。"
という意味だそうです。
もう、梅は散って桜にバトンタッチする時期ですが、遅咲きの梅が咲いていました。
川をたくさん渡り、花をいっぱい見ているうちに、知らず知らずのうちに思い描いてる人の家が見えてくるなんていいですよね。
きっと携帯やスマホがある今の時代では、考えられない喜びでしょう。
世の中は、びっくりするくらい、どんどん便利になっていきますが、苦労して見つける喜びなど、忘れられたものもありますよね。
3ヶ月に1回の通院の日に、主治医が「歩きにくいですか?」と聞くので
「少しずつ良くなっているのはわかるのですが、まだ歩きにくくて‥‥。これは、元に戻るのですか?。」
と聞いて見ると、
「戻りますよ!。」
と言うのです。
もう7年にもなるので、ダメかな〜と最近弱気だったので、
"たくさんの患者さんを見て来た医師が言うのだから、もう少し信じてみよう。"
と思うことにしました。
"信じる" "信じてみる人がいる" って、なんとなく明るい感じがしますね。
高啓が見た、水や花のようです (^^) 。