ソラマメの窓

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[春眠不覺暁 處處聞啼鳥]

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春眠不覺暁(しゅんみん あかつきをおぼえず)
處處聞啼鳥(しょしょ ていちょうをきく)
次に、夜來風雨聲(やらい ふううのこえ) 花落知多少(はなおつることしらずいくばくぞ)
と続きます。
「春眠、暁を覚えず。」は知っていますよね。眠くて起きられない時は言い訳に良く使います。でも、あとの3行は覚えていません(^^;)。
孟 浩然 という李白と同じ唐時代の人が書いた「春暁(しゅんぎょう)」という詩です。
春ののびやかな気分を描いています。
前半2行の意味はだいたいわかりますが、後半2行の意味は"昨夜雨の音がしていたけれど、花はどのくらい散ったかしら"だそうです。
湿度もある、暖かなゆっくりとした春の朝を彷彿とさせます。
この時代は花粉症なんてなかったのでしょうね。
もう2月も後半に入りますが、花はあまり咲いていません。でも、梅は咲きはじめています。
最近週に一回以上公園に行くようになりました。
同じ1日のはずなのに、一歩も外に出たくなかった自分が不思議としか言いようがありません。
入院中は、とにかく家に帰りたい。
うちのお風呂に入りたい。
少しだけお掃除ができればいい。
なんでもいいから好きな料理を自分で作る事ができればそれでいい。
と言っていた私が、だんだんあれもやって見たい、もう少し早く歩けるようになったらここにも行ってみたい‥‥と思い始めました。
同じ1日の時間の中、病院にいた24時間、外に出たくなかった24時間、今の24時間、これからの24時間、で、何か幅が、奥行きが、厚みが、違うような気がします。
やはり、それぞれの時間に影響を及ぼすのも、脳の視覚情報認知機能の不具合なんでしょうか。
「春暁」のように、鳥の鳴き声も、雨の音も、花が散る様子も感じていきたいものですね。



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by no-shukkettsu | 2017-02-18 07:36 | Comments(0)