ソラマメの窓

cerebellu3.exblog.jp
ブログトップ

[納豆]

b0335110_14252926.jpg

倒れたとき吐いたものの中で、納豆の臭いの存在がとても大きかったため「納豆」を見ることはもちろんのこと、素敵な「納豆」のイラストを見ても、「納豆」という言葉を聞いただけでも気持ちが悪くなり、「納豆」についての思考を止めないと、吐き気をもよおしてきます。

あんなに好きで、我が家の食卓に無い日は無かったくらいなのに、家には、34ヶ月間全く納豆の気配がありませんでした。

これがきっと、ある種のトラウマの1つなのですね。しかし、身体が反応するのがすごいですね。

3年4ヶ月経った日に、あんなに食べられなかった納豆を食べることができました。

「納豆」とイメージしても気持ちが悪くなりませんし、倒れたときの記憶にも、驚くほど全く結びつくことがありませんでした。

悪い記憶がなくなってきたのですね。そのなくなり方も、すごくきっぱりしているのです。

娘に「納豆たべられたー!」とメールしたら「良かったねー、今度一緒に食べよう!」とメールが帰ってきました。

娘は時々、的確な評価を私に伝えてくれます。この前も、歩く姿を見て「右足が思ったところに落ちるようになったじゃない。」と言います。

なるほど、バランスを取る事が出来ないということは、そういうことだったのかと改めて思い知らされました。

 ある時は「右足が着地してから、回るようになったよ。」と言ってくれます。

私にとっては、このように具体的な言葉が一番大事なのです。


[PR]
by no-shukkettsu | 2014-08-01 16:10 | Comments(0)