ソラマメの窓

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足親指側

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つくりおきし
苔(こけ)のふすまに
うぐひすは
身にしむ梅の
香や匂ふらん


鳥の巣を、苔の(世を捨てた人の意味もあるようです。)ふすま(夜具)と表現し、
鶯が帰るので、巣が梅の香りでいっぱいになるだろうな〜と西行さんが想像しています(๑˃̵ᴗ˂̵)素敵ですね。


写真は青鷺が空を旋回しているところです。
見つけるといつも"降りて来い降りて来い!"と念じています(ᵔᴥᵔ)。

そして2枚目の写真は、青鷺さんのちょっとお茶目な後ろ姿です💦⤵️。

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前回に引き続き足について考えてみます。

何かで読んだのですが、
"歩く時、立っている時、足の親指側に1番力が入ります‥"


以前にも何度か書いてますが、
脳の疾患で歩けなくなった人の多くは、障害を負った方の足を前に出す時なぜかつま先から地面に着地します。

本当は、踵から着地し、その次に足底全体が着き、指で地面をつかみ蹴るようにして前に進むのですよね。
踵が背骨を支えるので、二足歩行でも腰や体幹が安定するのでしょう。

最近は、足の平がつま先より先に着地することが多くなりましたが、集中して歩かないと今でもつま先が先になります。
まだ、右足の靴下は、親指部分にすぐ穴が空きます😓し、親指の爪や指腹部分の色は紫色になったりします。
早く踵が先に着いてほしいですねー😆。

踵の次に力が入るのは、親指側だと聞いたので、しばらく足先生(私の中ではそう呼んでます😁。)左足の動きを意識して観察してみました。
確かに足先生は、踵をついた後親指側の(内側の)筋肉をかなり使っているようです。

それで、右足も真似をして、
踵→親指側に力を入れる練習をしてみてます。
たまにバランスを崩して、小指側に力が行ってしまい倒れそうになるので道路ではやりません(^^;)。

歩行にも、色々な筋肉が絶えずたくさん動いているんだなぁ‥‥と、
何気なく歩くことができなくなってから、あらためて感じてます(ᵔᴥᵔ)。

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早朝、山茱萸(サンシュユ)の黄色がとても綺麗だったので(^-^)/。


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あんずの花。
向こうを向いて咲いている後ろ姿を!📸。


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連翹(レンギョウ)の花。
陽の光を浴びるとキラキラ輝いていますヨ✨。

桜が咲く前に、色々な花が咲いてくるので写真の枚数が増えてしまいます💦。

ブログには写真を何枚も入れるものではないと勝手に思っていたのですが、そうでもなさそうなので、これからも増えていくかも٩( ᐛ )و 。


沈丁花の花も咲いていて、
毎朝窓を開けると、空気の中に素敵な香りが入ってきます。

梅の香りでいっぱいの巣を彷彿としますよネ😉。



# by no-shukkettsu | 2019-03-20 18:12 | Comments(0)

春の時計

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見えるでしょうか?
写真中央の少し下に三日月が‥‥💦
17:13頃の月です。


山里は
霞みわたれる
けしきにて
そらにや春の
立つを知るらん

西行さんは、
空が一面霞みわたって、暦を見なくても春だなぁと分かるんですね〜🌱。

関東平野は、近くに山が無いためか、
"霞みわたった空" とは、これかなぁと思う時もありますが、青々とした空が多く、なかなか空のみでは春を感じられません。

きっと、近くにこんもりとした山や林があれば、木々から香りや靄も漂ってくるのでしょうね😌。


道端には、
季節の時間に正確な花たちが咲き始めましたね。
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相変わらずノロノロと公園の池まわりを散歩リハしていると、
後ろから歩いてきた方が、
「今日も頑張ってますねー。歩いている後ろ姿を見てると、随分良くなっているように見えます。」
と、言ってくれました(^.^)。

自分ではいつまでたっても歩きにくく、歩みも遅いな〜と感じているので、
そう言ってくれるとすごく嬉しいです😊。

ただ、散歩して帰ってくると、いつも午後2時になっていたのですが、
最近、
「あれ❗️まだ1時なの‥‥?」
思ったより時間がたっていません(^^;)。

右足は、どうしても外側を大周りして地面に着地しているのですが、その振り幅が小さく低くなり少し早く前に進めるようになったのでしょうか。

公園でも「いま何時かな」と、時間を確かめることが多くなりました ⏳。
1日が長くなったような気がします(ᵔᴥᵔ)。

でも、
「1時間も違うなんて、前はどんなに遅かったんだ‥‥💦‥。」と自分にツッコミを入れたくなります。

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これは、ぺんぺん草ですよね。
ナズナとも言います。
ハートのタネのようなところをちぎらないように、
何本も薄くスーッと皮をむいて、茎をクルクル回すと、ぺんぺんと音がして 🎶〜。
それを何度も夢中になってやっていた楽しい気持ちが‥今は‥‥わかりません‥😆。

写真は撮りますがり、
もう、花は取らなくなりましたね〜😏。


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最後の写真📸は、
曇り空の下、ツグミとヒヨドリが珍しく一緒に居るところです。
話が通じるのでしょうか‥‥⁉︎。
枝に隠れてヒヨちゃんのお顔は見えませんが、
2羽は結構長く向かい合っていて、なかなかいい雰囲気でしたよ💞。



# by no-shukkettsu | 2019-03-15 08:44 | Comments(0)

花を待つ

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いまさらに
春を忘るる
花もあらじ
やすく待ちつつ
今日も暮らさん


西行さんが桜を待っている歌です。
蕾の期間が長いので、
「いまさら咲くのを忘れないだろうな〜」てきな、
可愛い心配をしている歌ですよね😀。

今回の写真は、1月に行った喫茶店の☕️高〜い天井と、
桜草が咲いてたのでパチリ📸。
そして、
飛行機雲を見つけるとすぐ撮りたくなってしまう空です。


少しづつネットに慣れてきた私は、
桜草の写真を、文章と文章の間に入れてみました。

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(ᵔᴥᵔ)v
たくさんのパンジーに混じって、白い桜草が1株咲いていました。
風は冷たいですが、太陽の光は🌞しっかりしてきましたね。

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この時期になるといつも思います。
ちゃんと、今年は桜を写せるかしら‥‥と。
喫茶店の高い天井や、飛行機雲の空を撮るなんて‥‥💦。

数年前は、上を見上げるのは、ふらついたり、目がまわったりするので出来ませんでした(^^;)。

桜の木も、
上の方にたくさん咲いている花を撮れず、
幹に一輪咲いている桜("胴吹き桜"と言うそうです。)のみを撮っていた自分の姿を思い出します。

今年の桜前線は、3月末から4月始めに満開になる予報ですよね。

昨年の桜の写真を見ながら、
今年もたくさん撮りたいなぁと想い、
西行さんのように、まだかたい蕾を眺めている毎日です🌸。



もう1つ、
寒い風の中で咲いている花の写真を📸。
アネモネです。
ギリシャ語のanemos(風)の意味だそうです😎。

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# by no-shukkettsu | 2019-03-09 16:42 | Comments(0)

"ねむり"について

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山の端(は)の
霞(かす)むけしきに
しるきかな
今朝(けさ)よりやさは
春の曙

春は何回繰り返されても、どの時代でも同じく待ちどうしいものですね(ᵔᴥᵔ)。

これはもちろん西行さんの歌ですが
"春はあけぼの やうやう白くなりゆく やまぎは すこしあかりて‥‥"
で始まる、清少納言の「枕草子」を彷彿としますよね。

写真はそんな春を待ち焦がれている、ある日の夕焼けと
雨の日の梅と、
晴れの日の梅です〜。
ほんとに、
一雨ごとに花が咲いていきますね。


と、
今回は"ねむり"について書くんですよね⁉︎ 🛌😴。

春はねむいですね〜‥‥‥ではなく。

眠れなくなる驚きです (^^;)。

良く不眠症や早朝覚醒と言いますが、
脳の神経を損傷した私は、点滴に睡眠薬が入っていたのか、
入院中からコンコンと寝ていて、起きているのは2時間ほどしかないかもと思うくらいだったので、
眠れなくなったという驚きが‼️大きいのです。

例えば、
23時頃に寝てしまっても、0時前に起きてしまい、
5時頃まで寝れない経験をした時は、
「これはまずい」と思いました。
🕰時計を見ると、もう午前1時、もう3時、まずい‥もう5時‥‥💦。
その5時間が、日中の5時間より早く経過するのです。

自分でも、どこかで寝てるんじぁないかと思うくらいです。

でも、おでこのあたり(脳の前頭葉)が完全に覚醒していて、
というか、フル回転していて、言葉や映像が次々と出てくるのです。
身体は横になっているのですが、意識はとてもハッキリしています。

今夜は寝れたぞ〜と思って時計を見ると午前3時だったり‥‥。

3時に起きて仕事に出かける人もいるんだからまーいいか!と自分を納得させてみたり😰。

"ねむい"ってどんな感じ?だっけ〜😓〜思い出そうとしたり‥‥。
脳神経の、眠りのメカニズムが少し壊れ始めているんじゃないか〜〜。
昼間寝たらきっと夜眠れない〜と考えたり‥日中、頭と目がキーンとなったり。


今回は、5日程そんなバラバラな睡眠の状態が続いて、だんだんそこから脱していきましたが、
長く続くようなら、専門家とともに、深い意識の中から原因を探って行いき、ゆっくりそれを取り除いて行く必要があるのでしょう。

眠れないというのは、何よりも不安で辛い事ですよね😩。
もう少しで薬に💊頼ろうかと思いましたが、それもまたなかなか勇気が要ることです。

私の場合、
脳の機能が眠りから覚醒に変わったのでしょうか。
それなら少しは喜ばしい部分もあるのですが‥‥‥💦。

でも、いつまたこの様な状態に陥るか心配です。
人の睡眠時間の長さは、それぞれ違うといいますが、
"ねむり"は脳や身体にとって、とてもとても大事なものです。


きっと、
"春眠暁を覚えず"の状態がベストなのでしょうね〜😆。

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# by no-shukkettsu | 2019-03-03 11:30 | Comments(0)

もう旧正月ですが‥、あけましておめでとうございます(ᵔᴥᵔ)。

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さびしさに
たへたる人の
またもあれな
庵(いほり)ならべん
冬の山里

寒いですね😨。
西行さんの歌を見ていると、
寂しさに、自分でも気がつかないように蓋をするのではなく、
ちゃんと、向き合って、耐えるんだ〜と改めて思わされます。
でも、
閑寂独居を愛しながらも、同じ思いの人と庵を並べたいのですね。


今回の写真は、お正月らしいものと、
公園でも、街のなかでも、必ず顏を出してくれる、ひょうきんな白鶺鴒ちゃんです。
白鶺鴒に会うと、北風の中でも顔がほころびますよね ∧( 'Θ' )∧。


気をつけていたのですが、1月中旬から風邪をひき、
散歩リハを、いつもの公園にプラスして、

○バスに乗って河原まで
○あそこの梅の木まで
○十月桜の木まで
○花が多い公園まで
○足を伸ばして電車を📸
○ラーメンを食べに🍜
○電車とバスに乗って、遠い公園まで

等‥‥‥。

少しずつコースを増やしたり、長くしたり‥‥してきたのに、
双六で言えば、始めに戻るです‥‥😭。

その上寒気もして、食欲も落ちて、気持ちも落ち込みもう立ち上がれなくなってしまい炬燵に丸くなって数日動けませんでした。
すっかり、もうダメだ〜と思っていました。

それが、
やっと風邪のトンネルから抜け出て、
今では、
増やしたコースにも、行けるかもしれないと思えるようになりました。
辛かったことはすっかり忘れるタイプなのかもしれません😆。


何事も、全てが始めに戻ってしまうのではなく、
やったことは、体や心が覚えていて、
双六のように、ゼロにはならないのです✨。

それに、熱と食欲不振でダウンしている最中も、
脳の修復は別の所で行われていたようで、
驚きです😲!
しばらくぶりに、いつもの公園まで歩いてみると、
なんと、
ふらつきの方は、少し改善されていたのです😄。

しかし、
風邪はもう嫌です💦。
皆さんも気をつけてくださいね。

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# by no-shukkettsu | 2019-01-28 16:10 | Comments(0)

12月2つ目!

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山桜

思ひよそへて

ながむれば

木ごとの花は

ゆきまさりけり


写真は10月桜ですから、雪ではなく、12月の今咲いています🌸

「ゆきまさり」は「雪勝り」で、

「木ごとの花」は「梅」のことで、分解すると「木」と「毎」だそうです。

いろいろな意味に取れる、西行さんの素敵な歌ですね。

どこかで梅が咲いてるかもしれません



きょうは写真3枚載せさせてもらいましたが、

実は電車や駅がとても好きなんです。

近くのバス停🚍から駅まで行って電車に乗る🚃と、歩くのが少なくてイイ(^^;)‥‥

という、なまけリハ散歩を時々します~💦

それで、

今回の写真は遠出したものです。




駅と言っても、歩くのが遅い私は人の流れを留めてしまうので、人が多いところへはいけません。

でも、

ある時、改札のところで少し止まってしまったら、

タッチして通る、あの細い部分で私にぶつかりながら追い越して行く人がいてびっくり。

空いている機械を選んだのに~💦

その方は、

"足が悪いからなのか~"と言いたげに、

何度も振り向いていました。

悪いことしたな~と思ったのかな。


ある日は、

和式のトイレが無理な私に

「こっちが空いたよ。」

多目的トイレ🚽の場所を教えてくれた方がいたり‥‥。


発車まで時間がある、扉が開いていない電車に、誰か乗ってるな〜と見ていたら、

力まかせに扉を開けて、

「こっちこっち!」

暖かな電車の中に入れてくれたり‥‥。


面白いことや、驚きがたくさんありました。


来年、もう少しいろいろな所に行って電車や駅の写真を撮りたいですね。


少し早いですが、

みなさん、良いお年をお迎え下さいね(ᵔᴥᵔ)。



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# by no-shukkettsu | 2018-12-27 19:30 | Comments(0)

優れものに脱帽デス

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冬枯れの

すさまじげなる

山里に

月のすむこそ

あはれなりけれ


西行さんのこの歌、また使ってしまいました😸。


もう12月ですね。

ブログの更新が空きましたが、

わたしは、

どうにかまだ生きています🤣


前回腸活のお話をしましたが、

あれから、やはり切り干し大根の偉大さに驚いています。

今は一袋60gから30g25gと使い切りの量で売ってますから、少ない量の物を、5袋ほど買っておいて常備しています🐈

戻し時間もかからず、洗ってそのまま10分ほどおいておけばOKなのです。

もともと大根ですから 、戻したあと煮づにそのまま食べてもいいのですが、一応さっと湯がいてマヨネーズやポン酢、めんつゆで食べれば簡単おつまみになります

保存もきくし、腸にもいいのです。

もちろん煮物や、炒め物でほかの食材と一緒に食べたり、お味噌汁に入れたり色々な食べ方ができる優れものです。

昔から日本にあるものは、とても良いものばかりですよね(ᴥᵔ)


ちなみに、しらたきは、トマト味の冷凍パスタと一緒に🍝ケチャップを足して炒めると、量も増えるしダイエットにもなりますよ。


今日の写真は、昨日見つけた昼の月とクリスマスツリー🎄です。

西行さんの表現「月のすむこそ」 には脱帽ですね~🌝


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# by no-shukkettsu | 2018-12-16 15:55 | Comments(0)

腸活

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かぎりあれば
衣ばかりは
ぬぎかへて
心は春を
慕ふなりけり

写真は蒲公英とシジミ蝶です。
紫陽花、露草、牡丹、向日葵、朝顔‥‥と、季節ごとに、たくさんのきれいな花が咲いていきますが、桜にはどうしても負けます (ᵔᴥᵔ)。
西行さんもほんと桜が好きですね🌸。

今日は、最近とても気になっている、腸に優しい食物について少し書いてみます。
しかし毎日暑かったですね!。
今朝は少し涼しい風が🍃吹いてきたので、なんとか呼吸できます😄。


腸は全長7〜9mもあるってよく言われてますが、改めて長いなーと思います。
時々腸の事を考えてヨーグルトなどを食べてもみましたが、自分の身長の6倍はあろうと思われるこの長さ🤔。
まじまじと考えると‥‥今まで、腸に優しくしてあげなかったな〜と、つくずく思います。
そして少し変ですが、口から胃、腸、肛門って外じゃない⁉︎と思います。
となると、顔と同じに少しケアしてあげなきゃ‥‥と不思議なことも考えます😅。

そうそう、前置きはこの程度にして食べ物で腸に優しくですよね。
もちろん野菜を多く摂取することは大切ですが、
それに加えて、
"生カシューナッツを20粒ほど食べて、プルーンを5粒食べる"
これが、実感として腸が軽くなりとてもイイ食物だなぁと感じたのですが、どちらも外国産で手元になくなることが多いので、色々考えて
保存ができて、どこにでも売っている
"切り干し大根とコンニャク"
が、素晴らしいんじゃないかなと‥‥今までの自分人体実験😄で思います。
昔から言われていますが、それを頻繁に食べてあげることが大事ですよね。
まだまだ工夫は続きますが、今回はその2つをカレー🍛に入れたので、写真をアップしてみますね。


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どうでしょう🤓。
ちなみに、人参🥕玉葱、茄子、生姜も入った、野菜カレーです。
味もまあまあでした。

今後も、私の腸活は続きます😁。




# by no-shukkettsu | 2018-07-26 07:51 | Comments(0)

そうそう!

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「そうそう!」
は、共感の言葉です。

写真は、水が無いところでも咲いている、ドイツアヤメ。

今回の西行さんの歌は

雲なくて
朧なりとも
見ゆるかな
霞かかれる
春の夜の月


散歩していると、同じ病気を持った人によく会います。
前回、会話の効力を書きましたが、
今回は実際に聞いた、
「そうそう!」と言える会話を思い出しながら書き出して見ました。
みんな笑顔で話していますよ。


「ここに確かお茶碗があると思っているのに、自分の感覚と少しずれているのか、ちゃんと掴めずによく落としてわるんですよね。」

「布巾を絞る時、右の手に力が入らないので、布巾はいつもびしょびしょなんです。」

「ご飯を食べる時、どうしてもこぼれてしまうので、座って両足の間にお茶碗を置いて食べるんです。」

「箸やスプーンを使うのが難しいので、最初は手づかみよ。」

「そこに柱があるって分かっているのに、なぜか柱によく手や足をぶつけるからあざだらけ〜。」

「杖がないと、立っているだけで疲れるんですよね。」

「顔を洗う時、片手は動かないので、片手だけで顔を洗っているんだよ。」
「お風呂の時なんて、背中を洗うのが難しくてね😆。」

「鼻を両手でかめた時や、お茶の茶碗を両手で持てた時は、嬉しかったですね〜。」

「ここだけの話ですが‥‥お尻を拭く時、距離感がわからないからか、とどいていない気がして何度も拭いてしまうんですよね。」

「エスカレーターは乗る時は、どうにか一歩出せますが、降りる時の一歩は、怖いですよ。」

「いま、デイサービスに週2回通っていて、実際には見に行けなかったけど、綺麗な藤の写真を何枚も見せてもらったのよ。」

「先日あった人が、歩けるようになるのに10年かかるよって言ってたよ。私は倒れてから2年半だから、まだまだ新米ね。」
実際に同じ経験をしていると、なぜか嬉しくて
明るく話すみんなが愛おしいですネ。
「そうそう!」デス😄。


昨夜、朧月の写真を撮ってみました。
西行さんが見た月かな‥‥と思って(ᵔᴥᵔ)。

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# by no-shukkettsu | 2018-05-02 17:35 | Comments(0)

会話

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春は桜 🌸
あちらできれいな桜が満開だと聞くと、行って見たくなり、
今度は川岸の桜が‥‥と聞くと見にいき、
歩き方がおぼつかないのに、今の季節は落ち着きませんね〜。
天気の良い日が続いて、有り難いのだけれど、
毎日、疲れます(ᵔᴥᵔ)。

桜といえば、やはり西行さんです。
たくさんある中から、

たぐひなき
花をし枝に
咲かすれば
桜にならぶ
木ぞなかりける



今年で92歳になるという方が、
「この公園の近くに家があるので、お天気の良い日にはいつも一周してから、あの先の神社にお参りをして、こうしてみんなと少し話してから帰るんです。とても幸せですよ。」
と言います。

いつも公園で会う人は、遠慮がちに、挨拶程度の会話をしていきます。
そして皆さん「健康のためにも会話は大切よ!」と言います。

病気で倒れた頃は、頭の中でたくさんの文章はできるのですが、口から外に出すのに1秒ほど遅れ、しかも滑舌も悪かったので「みんな分かったのかな?」といつも思ってました。
でも、不思議に「おはよう」や「さようなら」「お疲れ様」は普通に出てきました。
人生の中で一番使っている言葉だからでしょうか。

言葉・会話を少し考えてみます。
言葉には、おおざっぱに
◎記憶 物の名前や作用、今までの出会い
◎理解 相手の言っていることの意味
◎想像 この言葉を発したら‥‥こうなる
◎構成 自分の言葉の並び
◎運動 言葉を発する時に使用する多くの筋肉
が関係します。

脳をフル回転し、舌や口腔、咽頭を使います。
自律神経や副交感神経も動きますから、胃や腸まで影響を受ける場合があります。

公園では、健康のための会話にとどめておいた方がいいので、脳と運動神経を刺激するぐらいがいいですよね。

挨拶をするとか、同じ花や鳥を見て共感するなど‥‥。
そうそう、この"共感"がとても大事で幸せに直結するんだ〜と言っていた人がいます。
確かに、同じものを見、感じ、「イイねー」「キレイ!」と言い合えたらかなり幸せかも。
辛かった病気の症状の共感もね😆。


一言でも、話すこと、
話せなくても話そうとすること‥‥は、いいことですよね。
公園だからできることです。
桜の季節だし、どんどんこれから花も咲いていくので、ぜひ共感の言葉を!。

木蓮、梅、辛夷‥‥と、たくさんきれいな花を咲かせる木がありますが、西行さんが言うとおり、どう見ても満開の桜の木には負けますね😄。

毎日桜の写真をたくさん撮っているので、今回はもう一枚載せさせてください。
"淡墨桜"と書いてありました。

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# by no-shukkettsu | 2018-03-31 07:55 | Comments(0)

散歩

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写真はスノードロップの花です。
公園で撮りました。
毎年のことなのに、いつも新しく感じます「なんだか春ですね。」と。
西行さんへ‥‥梅の写真じゃなくてすみません (^^;)。

梅が香を
谷ふところに
吹きためて
入り来ん人に
染めよ春風


春の風には、花の香りがたくさん含まれていて、キョロキョロと見回すと、けっこう遠くに梅の木があったりしますよね。

公園で何人かに聞くと
「健康のためには、やっぱり外に出てみること、歩くことだね。」
と言います。
杖を使っている人、カートを押している人、車椅子の人もです。

入院している時も、引きこもっている時も
窓を開けると、部屋とまったく違った空気の流れを感じました。
それで、今回は散歩の効用を五感で考えてみました。

五感とは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、です。
ただし、他の感覚を閉じて一つずつ考えてみます。

◎視覚
家を出て信号の赤青黄色を確認し、歩道の線を見て、公園に着いたら、季節ごとに目に見える木や花、鳥を見て、出会う人の顔を確認します。
空や池、遠くの山々を見ます。

◎聴覚
扉の軋む、車や自転車の、人の話す、鳥の鳴く、葉が風で触れ合う、水が流れる、缶や紙が風に舞う‥‥音がします。

◎触覚
ドアノブの触り具合、車椅子や杖、手すり、木や葉の手触り、誰かが手をとってくれた時の感触。

◎味覚
時折、散歩の途中で立ち寄る喫茶店のナポリタンの味。
たまに食べる、おしるこの味。
少し遠出した時に持参したポットのお茶やおにぎりの味🍙。
噛んでいるガムの味。
喉がちょっと‥‥と思ってなめるノド飴の味。

◎嗅覚
お昼や夕食の準備で、各家から流れてくる、卵焼きや焼き魚の匂い。
喫茶店の前を通る時のコーヒーの香り。
お肉屋さんのコロッケの匂い。
梔子、梅や沈丁花や桜、木瓜などの香り。

ちょっと思っただけで、
散歩の途中には、こんなにたくさんの感覚が動きますね(ᵔᴥᵔ)。

私が一番好きなのは、風に乗ってくるいろいろな香りですかね。
卵焼きの匂いなんてして来たら、幸せ倍増でクンクンしてしまいます。

もちろん散歩には、血行促進、筋肉保持、心臓の強化など、大事な効用がありますが、
嬉しいことは、この五感への働きかけですよね。

今の季節は、西行さんが歌に描いているように、
時折、色が見えるように、梅の香りが空気いっぱいに漂ってきます 🍃。




# by no-shukkettsu | 2018-02-25 16:38 | Comments(0)

心の平安

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写真はきのう(2018.1.12)の朝の月です。

冬枯れの
すさまじげなる
山里に
月のすむこそ
あはれなりけれ

西行法師の歌です。
西行さんは、桜の歌が有名ですが月の歌もたくさん詠んでいるのです。
寒いと空気が澄んで、月がほんとに綺麗に見えますよね。
今年は、好きな西行さんの歌にも助けてもらおうと目論んでいたのです。


コメントが来ないな〜とがっかりしていたら、新年にふさわしいお題をいただけて本当に嬉しいです。
「心の平安を保つように心がけています。」
一番大事な事ですよね。
ありがとうございます😊。

私もここまで頑張って生きてきたので、もう少し良くなって生活してみたい!
と、思うので「心の平安」重要です。
そのためには、思いがぶつかるような‥‥混乱するような事の処理方法を会得しとかなきゃと思うのです。


以前、「心」ってどこにあるんだろう?と思ったことがあります。
頭には脳があり、胸にあるのは心臓と肺‥‥胃でもないし腸でもない‥‥。
でも、歯が痛かったり、胃がムカムカしたり、捻挫しても、心は普通ではいられない。
まして、難しい問題が起こった時や、苦手な人と話さなきゃいけない時、親しい人でもイラッとした言葉を聞く時は、頭も胃も痛くなる‥‥。

そんな脳と身体と外(社会)の関係が「心」なんだろうな〜と思います。
実態はないけど、総合的な物に名前がついたんですね。
脳、身体、社会
と言うとすべてですよね。
ですから、すべての事柄に同じように対応していたら精神が疲弊します。

肉体が損傷した時は仕方がありません。それは治してもらうしかありません。
私も小脳を損傷しました。直後は症状の辛さに気絶しているぐらいでしたから、何も考えられません。でも、少し経って脳が機能し始めると、外の物音が聞こえ、身体が対応し始めます。
そして日常に戻り喜びもつかの間‥‥小さな事でも、精神的な行き違いを感じる事が起きてくるのです。

そこで心の平安を守るため、
わたしは、相手によって「心」の距離(イメージの物差しを置いて)を変えて、少し「間」を置くことにしています。

「あれ〜怒ってる?」
「それって、きのう言ってたことと違うなぁ。」
「チョットその事は、自分の考えとは違う〜。」

など、口には出さず頭の中だけで囁いてみるのです。
ほんの10秒程です。
その「距離」が、その「間」が「心」を少しクールダウンして救ってくれます。

相手から見ると少し変わり者に見えるかもしれませんが、自分の心を守るのだから仕方ありませんよね(^^)。

あと、散歩リハに出かける時はコンデジ📸を持っていきます。
今のカメラは優れもので、小さいのに、
月も、鳥も、花も、虫も、少し近くに感じます。
西行さんの気持ちもわかるかなぁと思って‥‥(ᵔᴥᵔ)。



# by no-shukkettsu | 2018-01-13 18:45 | Comments(0)

かっこいいでしょ、アオサギさんです。

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いつも歩いてバス停を通り過ぎる時は気を使います。相変わらず歩きが遅いので、乗るのかと思われてバスが止まってしまうのです‥‥申し訳ありません。
ある日、いつものように、私としては急ぎ足で(⁉︎)バス停を通り過ぎようとしたら、そこでバスを待っていた方に声をかけられたのです。

「気をつけてね〜。杖を使った方がいいんじゃない。私も9年前に脳梗塞で左半身に麻痺が出たんだよ。」
「小脳出血を起こしたので、バランスが保てなくて、杖はうまくつけないんです。」
「そうなんだ〜。転ぶのが一番危ないから気をつけてね。これから散歩なんだね。歩くのが一番だよ。私ももう85歳なんだけど毎朝5時半に起きて近くの公園を歩くよ。」
「え〜5時半起きですか、今は暗くて寒いでしょう。」
「暗いから懐中電灯を持っていくんだよ(^^)。同じ公園を、同じ時間に歩くのが大切なんだよ。毎朝会う人とおしゃべりして、時には歩きながら歌も歌うよ!。声を出すことって大事だよね〜。会う人はみんなどこかに病気を持ってるよ。」

バスが来るのを気にしながら、色々話をしてくれました。
脳梗塞の他にも、メニエール病で起き上がれなくなったり、前立腺の病気になったりと色々な事をくぐり抜けてきたそうです。
でも、とても若々しく明るい方でした。
「気をつけてね〜またどこかでね!。」と言って、バスに乗り込んで行きました。
見習わなくちゃですね。


ここで、私のつたないブログを読んでくださっている方にご相談なのですが、
最近、小脳出血の症状について、もう書くことがなくなっていて、何だか同じことをまた書いているんじゃないかなぁと心配になります。
そこで、ぜひ皆さんが日々の病気療養で困っている事や!励んでいることをコメントでいただけないでしょうか。
いただいた問題などを、いくつかまとめて一般化して(お答えなんておこがましいことはできませんが)ブログ上で書いていければと思っています。
お名前などはいりません。
お気軽に、
質問「◯◯◯◯◯‥‥‥。」
参考意見「◯◯◯◯◯‥‥‥。」と書いていいただければ分かります。
このブログは"病気療養"のカテゴリーですが、健康な人も、もしかしたら読んでくださっているかもしれません、そんな方からも病気療養についてのご意見をいただければと思います。
と言っても、あまりコメントがなかった場合‥‥‥また考えますね(ᵔᴥᵔ)。
医師ではありませんので、一般的なお話しかできませんが、気持ちの共有の場になればと思います。
ネットに弱い私ですので失礼があるかもですが、よろしくお願いします。

では、良いお年をお迎えください🎍。


# by no-shukkettsu | 2017-12-28 20:38 | Comments(5)

[あの有名な、誰でも一度は暗記した、杜甫の"春望"]

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もう11月も終わりですね😆。
すれすれセーフ!。
秋から冬‥‥木も生きるために、葉を落としてます。

きょうは誰でも一度は授業で暗記した、あの有名な、杜甫の漢詩です。
あまりにも有名なので、意味は書きません。
きっと皆さんの口から自然に出てくる詩の一つですね。
懐かしいです。
でも、あの頃暗記した自分と今の自分では、詩に込められた思いの感じ方が違いますね。
なんだか、これ一つで人生の風景をすべて言い表しているようです。

國破山河在 (くにやぶれて さんがあり、)
城春草木深 (しろはるにして そうもくふかし。)
感時花濺淚 (ときにかんじて はなにもなみだをそそぎ、)
恨別鳥驚心 (わかれをうらんで とりにもこころをおどろかす。)
烽火連三月 (ほうか さんげつにつらなり、)
家書抵萬金 (かしょ ばんきんにあたる。)
白頭搔更短 (はくとう かけば さらにみじかく、)
渾欲不勝簪 (すべて しんに たえざらんとほっす。)


実は、小脳出血で倒れる2年ほど前に、軽く脳の側頭葉(右か左か忘れてしまいましたが(^^;))での小さな出血があり、倒れたことがあります。
手足や話すことにはなんの障害もなく、主治医も
「何処にも影響がない部分の出血だったのでよかったですね〜。」
と言っていたのです。
ただ、一週間ぐらい、興味や笑いが自分の中から無くなっているのに気づいていました。

あんなに好きだったミステリードラマを見ても
→このプロットの何が興味深いんだろう
お笑い番組でさえ、
→この話の何が面白いのかな
結構仕事人間だったのに
→仕事のやり方は忘れてはいないのですが、全然興味がわかない‥‥。
つまり、
感情が無くなった感じなのです。

今でもその時の自分を思い出すと不思議です。
脳はつまり(もちろんでしょうが、) 感情も支配しているのですね。
ただ、自分の感情が変だと分かっているので、多分前頭葉で取りつくろう事ができるのです。
脳の間を行き交っている伝達物質の問題もあるのでしょう。
ですから感情の問題であっても、化学療法は心理療法と共に必要なものなのだと実感しました。

一週間ほどで私の感情は元に戻ったのですが、笑いさえも脳の機能障害で無くなるのは、自分を人体実験したようで、ある意味有益な時間でもありました。
脳の病気になって、他の臓器とは違う脳をより知る‥‥みたいな日々です(ᵔᴥᵔ)。


# by no-shukkettsu | 2017-11-30 16:40 | Comments(0)

[陶淵明(とうえんめい)の雑詩二首からその一 、の続き(最後)]

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写真は杜鵑(ほととぎす)です。
鳥は"不如帰"と書きますよね。その胸の模様が、この花に似ているらしいですよ。
この頃、毎日雨が多いですね☔️。

盛年不重來 (せいねん かさねて きたらず、)
一日難再晨 (いちじつ ふたたび あしたなりがたし。)
及時當勉勵 (ときにおよんで まさに べんれいすべし、)
歳月不待人 (さいげつは ひとをまたず。)

"若い時は二度とはやって来ないし、一日に二度目の朝はない。楽しめるときには、せいぜい楽しもう。時というものは人を待ってはくれないぞ。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)


駅でバスに乗り込もうとすると、私より先に並んでいた、50代ぐらいの小柄な女性(以後Aさん)が、
「このバスは病院前で止まりますか?。」
と聞いてきました。
私は、
「はい、止まりますよ(^^)。」
と答え、先にステップを上がり、席に座りました。
(このバス路線には、病院が二つあるのですが、どちらも止まるのです。)

運転手さんは、発車まで時間があるらしく、外で軽くストレッチをしています。
Aさんはバスに乗らずに、なぜかドアの前に立ったままです。
しばらくして、発車の時間近くになり、運転手さんが運転台に座ると、
Aさんは運転台のドアの方に駆け寄り、
「このバスは病院前に止まりますか?。この手帳使えます?」
と聞いているのです。
「止まりますよ。手帳は降りる時に見せてくださいね。」
さっき私に聞いたのに‥‥。
それから、Aさんはやっと安心したようで、バスに乗り込み、ちょうど私の後ろに座りました。
半袖でも暑い日だったのに、長袖のシャツのボタンを上まできちんと掛け、その上にもう一枚着て、汗をかいています。
小さなバックからタオルを出すと、汗を拭きながら
「さっきはありがとうね、きょうは暑いね〜。」
「きょうね、シャツを一枚とハンカチを買ってきたの。(使っていたピンクのタオルハンカチを見せながら)これは違うけどね。それに、さっきあそこでコーヒーを飲んでモンブランケーキを食べてきたんだ。美味しかったよ。」
と話しかけてきます。
「病院の売店の方が安いけどね、たまには買い物もいいね。バスを降りるときには、この手帳を見せるように言われてるんだ。」
「ケンケイからもらったんだよ。」
「ケンケイからもらったんだ。」
と何度もいいながら手帳を出して見せてくれました。
緑色の少し大きな手帳です。
ケンケイ?県警から?‥‥交通課?‥わからなかったけど、頷いてみました。
それから、天気のことや、なぜ病院の売店はコーヒーもハンカチも安いのかという話を数回と、好きな食べ物の話をしていました。
私が降りるのは、駅から3つ目の停留所なので
「足が悪いので、歩ける距離だけどバスに乗ってるの。じゃ、次おりますのでどうもね〜さよ‥‥」
と言おうとすると、笑顔で
「サヨナラっては言わないよ〜また会うかもしれないからね。」
「サヨナラは言わないよ〜。」
と2回言うのです。
初めて会った人から「サヨナラは言わないよ〜」
という言葉を聞くとは‥‥なんだか不思議な気がしました。
それで、振り返って「じゃ、またね、」といいながらバスを降りてきました。

しばらく考えて、
きっと子供の頃から、お母さんに言われてきた大事な言葉達があるんだろうなぁ。
そして緑色の手帳は、ケンケイからもらったんじゃなく、ケンチョウ(県庁)からもらったんだね。

「休憩中の運転手さんに話しかけてはダメよ。」
「洋服はきちんと着ているの。」
「お金は大事に使うのよ。」
「また、直ぐ会えるから、サヨナラは言わないのよ。」

映画の" フォレスト・ガンプ "を思い出しました。
そういえばあの主人公も、いつも青いシャツをきちんとボタンを上まで掛けて着て、背筋を伸ばしてバスを待っていましたね。
毎日、お母さんが教えてくれた大事なことを守っているので、その純真な心に、みんなの協力が集まって、幸せに一生を駆け抜けて行く映画でした。
大好きな俳優さんの一人、トムハンクスが演じてました。

なんだか、弱くなっている涙腺が開きかけています(≧∀≦)。


陶淵明の "歳月は人を待たず" も、よく父が言っていました。
"今日という日は、もう二度と来ない。"とも言われました。
だからといって、毎日精一杯生きているわけでもないズボラな私ですが、
迷った時は
「明日は生きていないかもしれないからね〜。エイッ!」
と、好きな方を選んでみます。
それに、なるほどAさんがいうように「サヨナラ」は言わない方がいいですよね。
以外に世界は狭いので、また会うかもしれませんよね (ᵔᴥᵔ)。




# by no-shukkettsu | 2017-10-28 16:16

[陶淵明(とうえんめい)の雑詩二首より其一、 の続き]

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陶淵明の雑詩から、前回の続きです。
写真は#花虎の尾 です。

落地爲兄弟 (ちにおちて けいていとなる、)
何必骨肉親 (なんぞかならずしも こつにくの しんのみならん。)
得歡當作樂 (かんをえては まさに たのしみを なすべし、)
斗酒聚比隣 (としゅ ひりんを あつむ。)
まだまだ続きますが、あと一回、次回に。

"そんなこの世に生まれ出たからには、すべての人が兄弟のようなもの。血縁にこだわる必要はさらさらない。うれしい時には、心ゆくまで楽しみ、酒をたっぷり用意して近所の仲間といっしょに飲むがよい。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

テレビで、脳科学者が
「小脳は空間認識をつかさどっています。」
と言っていました。
まさしくそうです。
確かに、見ている空間がおかしいのです。
といっても分かりませんよね。
何度も話してきましたが、自分が見ている空間の説明はとても難しいですね〜(^^;)。
以前、13年前に脳障害を起こした人の話をしましたが、その方とは、遠くに見える1人の人が2人に見えて、1台の車が2台に見えて‥‥と話し「そうそう〜」と、分かり合えました。
また、べつな方は、
「左側は正常に見えるのに、首を静かに右側に回すと、空間が細くなるんだよ。」
と言っていました。
まさしくそうです。小脳の右側を出血した私は、右左は逆ですが同じなのです。
空間に直線的な歪みが出るのは、左右の視覚の焦点に、距離の違いができるからだと思っています。
そして、空間認識について、毎日「あれ!」と、ほんの少し昨日との違いを感じているのは、左右の焦点の長さの近づきによるものだと勝手に思っています。

先日1年に1回のMRIを撮りました。
そして、主治医から初めて「影が少し薄くなっていますね。」
と言われたのです。
8年目にして初めてです。
MRIの写りが弱かったのでは?と少し疑ってしまいますが、
"薄くなることもあるんだ〜"
喜ぶべきことなのに、なんだか不思議です。

お酒は好きで、特に赤ワイン🍷をよく飲みます。
陶淵明の詩を読みながら、「そうそう〜」と頷いてしまいます。
みんなが「今のこの世に生まれたからは、兄弟のようなもの。」と、思えば、争いなんて起きないのに‥‥と思いながら (^^)。



# by no-shukkettsu | 2017-09-29 19:34 | Comments(0)

[陶淵明(とうえんめい)の雑詩二首より、其一から]

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陶淵明は365年ー427年の方なので、日本でいえば聖徳太子の活躍より前ですね。

人生無根蔕 (じんせいは こんていなく、)
飄如陌上塵 (ひょうとして はくじょうの ちりのごとし。)
分散逐風轉 (ぶんさんし かぜをおって てんじ、)
此已非常身 (これすでに つねのみにあらず。)
さらに続きますが、長いので、続きは次回にしますね。
"人の命には木の根や果実の蔕のような、しっかりとした拠り所がない。まるであてどなく舞い上がる路上の埃のようなものだ。風のまにまにあちらこちらへ吹き飛ばされて、この身は、もはやもとの姿を保ち得ない。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

しばらく身体の具体的な症状について書いてなかったので、今回は主に右足についてご報告しますね。
今、右足はやはりまだ歩きにくいのです。
人が歩く時は、右足を一歩前に出した場合、次に左足が前に行きますよね。そして左足が空中にある一瞬、後ろで右足が身体を支えます。
その時、以前は身体が左右にフラついていたのですが、そのフラつきが少なくなりました。それは嬉しいことですが、歩きにくいのはいつまでたっても変わりません。
こうなったら、前にブログでも書いた"いやだな〜率" で考えるしかありません。
そして、現在の歩きにくさについては、とりあえず "いやだな〜率75%" にしておきます。
また、脳梗塞や脳出血でどちらかの足が歩きにくくなった方は、その歩きにくい足を一歩前に出すとき、踵ではなく、つま先が先に地面につきます。
経験のある方はきっと「うんうん」とうなずいていますよね。
私もそうなのです。それで、足の親指の腹を擦りむいてしまい、何かにぶつかるとすごく痛いのです。
特に、台所の床にある小さな地下貯蔵庫なんですが、その蓋の周りが金属で出来ていて、0.3㎜ぐらい周りより高いので(気を付けるのですが)、そこによくぶつけて、いつも「アイタッ! 」と叫んでいます。
それが‥‥、最近、ぶつける回数が減ってきたのです(°▽°)v。
足を少しうえに上げて、踵から一歩前に出せることが出来たということですよね。

もう倒れてから8年目に入りました。
いつも思います。敵(病気)もさるもの、わからないように変化していこうとしています。
「慣れるよ!」という人もいます。
私はそれにチョット抵抗して、どうにか回復過程がわかるように「きのうとどう違うのかなぁ。」「こんなふうに動くのは、なぜだろう?」「どうしたらいいんだろう。」と、あらゆる感覚を使って思ってみます。

陶淵明の頃から、人間は「諸行無常」ですね。
でも、何処かにぶら下がりたい、爪あとを残したいと思うのも少し可愛いと思いませんか ⁉︎ (ᵔᴥᵔ)。


# by no-shukkettsu | 2017-08-30 17:01 | Comments(0)

[陳師道の「絶句」]

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真夏は花が少ないですが、木槿は暑さの中でたくましく綺麗に咲きますね。

陳師道は1053年ー1101年の人なので、日本でいえば平安時代の中頃の人でしょうか。

書當快意讀易盡 (しょは かいいにあたっては よんで つくしやすく、)
客有可人期不來 (かくに かじんあれば きすれども きたらず。)
世事相違毎如此 (せじの あいたがうこと つねに かくのごとし、)
好懐百歳幾回開 (こうかいは ひゃくさいに いくかいか ひらかん。)
"これはと、気に入った本は、あっという間に読み終えてしまうし、大好きな友達は、約束してもなかなか来てくれない。世間の事はいつもこんなふうにくいちがう。のびのびとよい気持になれるのは、人の一生に何度あるだろうか。"
という意味だそうです。
とても貧しく、そのために家族とも離ればなれにならなくてはいけない時期もあったそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

早朝散歩していると、あちこちで、ゴミ袋をぶら下げた中学生に出会います。
夏休みなんですね。
きっと合宿が始まり、先生に、早起きして街をきれいにしてくるように!と、言われたのでしょう。
自動販売機のそばで、可愛い中学生3人の男子たちが、坊主頭をくっ付け合いながら何かヒソヒソと相談していました。
そして、1人が飲み物を買ったようでした。
その子が、自販機から振り返り、買ったばかりのペットボトルのフタを開けた途端、 "シュー"という音とともに、飲み物が噴き出してきました。
いま買ったばかりなのに‥‥。
そんな事あるのか‥‥。
3人は笑い転げていました。
青空を映して、遠くからラジオ体操の音楽が流れてきたら、なんだかベタな映画のワンシーンですよね。
‥‥実際はラジオ体操が始まるよりも、ずっと前の時間ですが‥‥。
それを見ていた私も笑ってしまいました。
早朝の空気によく合う出来事です。
中学や高校の頃は(思春期というのでしょうか。)大変です。決して戻りたいとは思いません。
授業は‥、今では、あ!っという間の50分なのに、永遠のように長く感じましたし、変な自尊心や無知から来るかってな思い込みで、頭がいっぱいでしたよね。
身長が実際は150㎝でも、身体の周りをぐるっと心の幅が囲んで、自分では200㎝ぐらいの感覚が渦巻いていて、よく分からない日々が多かったような気がします。
笑い転げている彼らを見て、本当はあの時期が "人間" なのかなぁ‥‥と、あの頃から比べて傷つかなくなってるな‥‥振り返りながら思います(^^;)。

きょうは、そんな感傷に浸りながらの散歩リハでした。

陳師道の詩を読んでいると、時間感覚の不思議さを感じます。
いくつかの気持の良い日が、ずっと辛い人生を支えたんだろうなと思います(=^ェ^=)。






# by no-shukkettsu | 2017-08-12 15:44 | Comments(0)

[山中問答(さんちゅうもんどう)]

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ヒメオウギです。7月の始めまで咲いていました。

「山中問答」は李白の詩です。
問余何意栖碧山 (よにとう なんのいぞ へきざんに すむと。)
笑而不答心自閑 (わらってこたえず こころおのずから かんなり。)
桃花流水窅然去 (とうか りゅうすい ようぜんとしてさる。)
別有天地非人間 (べつに てんちの じんかいに あらざるあり。)
"どんなつもりでこの緑深い山奥に住んでいるのか、と人は聞く。だがわたしは笑って答えない。心はどこまでものどかである。桃の花びらを浮かべつつ、水はどこまでも流れて行く。ここは俗人の世界ではない、別天地なのだ。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

退職してからの生き方について、友人から聞いた新聞記事の受け売りを話します。
友人から話を聞いて、その話を受け売りするのですから、少し私見が混じっているかもしれませんが‥‥、
「退職してから、人生の目標とする事柄は、全く以前の仕事から離れたことにすべきである。特に、子供だった頃抱いていた夢の中で、果たせなかったことにするのが一番いい 。」
だそうです。

仕事をやめてから、仕事の思考方法が頭や身体から抜け出るまで、少なくとも三年以上はかかりますよね (≧∇≦)。
仕事内容や、そこで学んだ知識を捨てることは以外に早く出来るかもしれませんが、生活行動や価値観に染み付いてしまった物達はなかなか出て行きません。
細かいこと‥‥例えば、
・相談ごとや計画内容は、的確にスピーディに上司へ伝える。
・伝え方はどんなに多い内容でもA4一枚に分かりやすくまとめる。
できるだけフォントを大きくする。
エクセルなどを使い、表を作成して説明する。
・行動は早く、会議は準備をしっかり、落とし所を決めておく。
・マニュアルや様式はちゃんと頭に入れておく。
・時間は正確に、特に10分前行動を心がける。
などの、初歩的な仕事方法です。
そういった事は、意外と身にしみているものです。
良いこともたくさんありますが、こういう事を、一旦リセットできた後に、別の人生が拓けてくるのかもしれませんね。

友人からの話を聞いて、なぜ自分がファインダーを覗いている時だけが、一番ワクワクするのかがわかりました。
私は、子どもの頃
"写真家になって世界中をまわる! "
という夢もあったのを思い出したのです。
まだまだリセットできないものがたくさんあります。それに、今から写真家にはなれないし、世界中もまわれませんが、新しい価値観の世界はあるものなのです。
「子どもの頃のもう一つの夢」って、なんだか素敵だなぁと最近思い始めました。

李白の存在も、価値観の置き方ですよね。
もう一つの夢に繋がるような気がします(=^ェ^=)。

# by no-shukkettsu | 2017-07-31 11:33 | Comments(0)

[月下獨酌(月下の独酌) から]

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前回三日月だったので、今回は、ほぼ満月を! (7月8日夜の月)。

"月下獨酌"は李白の詩で、以前、前半の部分をご紹介していますが、今回は後半の部分からご紹介します。
我歌月裴囘 (われうたえば、つきはいかいし、)
我舞影零亂 (われまえば、かげりょうらんす。)
醒時同交歡 (さむるときは、ともにこうかんし、)
醉後各分散 (ようてのちは、おのおのぶんさんす。)
"私が歌えば月は歩み、私が踊れば影もゆらめく。醒めている間はこうして楽しみをともにし、酔ってしまえばたがいにさよならさ。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

ある日、公園でよく出会う人には、私から挨拶をすればいいんだ〜と気がつきました。
早速やって見ました。ちょっと照れますが、とりあえず、すれ違うときに頭を下げて見ました。すると、通り過ぎた人が戻ってきて
「こんにちは、突然お話ししますがごめんなさい。脳が原因で歩きにくいのですか?私の知り合いと同じような歩き方だから‥‥。」
というのです。
「そうなんです、小脳の出血なんです。」
その方はサングラスをかけ、スタスタと歩いているので、あまりどこも悪そうにも見えません。すると、
「どこも悪そうにみえないでしょう?。でもこれが、大変なんですよ。もう13年経ってますが、やはり脳の障害で、起きようとしたら左半身に全く力が入らないのですよ。左の眼瞼もダラリとしてしまってね。トラウマって言うのかなぁ。今でもその時のことがよくフラッシュバックしますよ。」
「道の向こうのほうも変に見えて‥‥。」
というので、
「そうそう、あの歩いている1人の人が2人に見えるし、1台しかない車も2台に見えるんですよね〜。」
というと、
「そうそう、まったく同じですよ。」
と、理解してくれるんです。そして
「それに、家族にもなかなか分かってもらえないんだよね。結構大変な力を使って歩いているってことをね。」
と笑いながら話していました。
高次脳機能障害の方が、やはり分かってもらえないことが2重の障害だって言っていたのを思い出します。医療関係者に話しても、なかなか理解してもらえない微細な脳の障害については、説明のしようがないのです。
この "できるけど上手くできない、できるように見えるけど、実際は常にとても大きな力が必要なんだ"
という思いは、ほんと辛いですよね。
ただ、同じ痛みがわかる人と話すと「そう、そうなのよ〜」
と少し気持ちが軽くなります。
私はまだ8年目に入ったところなので、まだまだ新参者ですね(^^)。
「少なくとも10年はかかりますよね。」
と素直に言えます。

しかし、李白は前回の詩では月と影と3人でお酒を飲むと言っていましたが、今度は月と影と3人で踊ってますよね。
まるで、軽やかな絵ですネ🌝。




# by no-shukkettsu | 2017-07-10 17:53 | Comments(0)

[宿建德江 (建徳江に宿る) ]

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次は、孟浩然(もうこうねん 689年ー740年)のこの詩と決めて、月の写真を撮ろうと待っていたのですが、梅雨なので曇りや雨が続き、なかなか月が見えません(^^;)。
昨日の夕方、ちょっとの間だけ三日月が見えたので、慌てて撮ることができました。

移舟泊煙渚 (ふねをうつして えんしょにとまれば、)
日暮客愁新 (ひくれて かくしゅうあらたなり。)
野曠天低樹 (のはひろく てんはきにたれ、)
江清月近人 (こうはきよく つきはひとにちかし。)
"舟を岸によせて、靄の立ちこめる渚に停泊すると、日は暮れて旅愁があらためて身にしみる。野は果てしもなく、遠くひろがる空は樹々よりも低く垂れ、水は清く澄んで、天上にかかる月がすぐそばにあるように感ぜられる。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

最近手の指が、どこかに打ちつけたわけでもないのに、内出血を起こし「これは、まずい !」と毎日手を確認しています。
始め、左手の薬指がピリッという痛みと共に、みるみる腫れてきて、指の先は冷たくなり「このままだと壊疽してしまう‥‥。」と思い心配していたら、どうやら内出血は止まったようで「ひとまず、やれやれ。」。
しかし薬指といえど、使えなくなると不便で、暫くして指の関節にあるシワが見えてきた時は、ホットしました。
それが、次に右手の親指が内出血を起こしたのです。少し大きな血管が切れたらしく、やはり指先が冷たくなり、指周りのシワもなくなり腫れてしまいました。
「これはもう病院かなぁ。」
「脳でも同じように毛細血管が切れていたら、もうダメかなー」
と思いつつ見ていると、暫くしてどうにか内出血は止まったようです。
でも痛みがあるので動かせません。
お皿を洗う時、タオルを絞る時、箸を持つ時、カメラを持つ時。
使えなくなると、あ!ここでも、ここでも使っている〜と、とても不便です。
外への出血ではないので、絆創膏の出番はなく、とりあえず冷湿布をしてみました。

2日後に親指の爪を触ってみると、少しへこんでいます。
「やはり血管を通り、血液が爪まで常に栄養を届けているので、ちょっとの血流の滞りで、爪の成長も変わるんだなー。」と感心してしまいます。
よく爪は健康のバロメーターと言いますが、人間ってほんと緻密だな〜と改めて思います。
しかし、感心している場合じゃないですよね。
キャベツや人参、玉ねぎをたくさん入れたチキンスープを作り、栄養を摂って、少しでも血管壁を強くしなくちゃ‥‥ですよね。

孟浩然のこの詩で素敵だなぁと思う表現は
「天低樹」と「月近人」です。
空が樹々よりも低く垂れ、天上にかかる月がすぐそばにある‥‥なんて、想像すると、とてもダイナミックだなと思います。
月を見るとワクワクしますね (^^)。





# by no-shukkettsu | 2017-06-29 16:25 | Comments(0)

["杜甫の絶句二首"より]

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梅雨ですね〜。
今回も"杜甫の絶句二首"から一首です。
前回こちらを先に出せば良かったですね。
遲日江山麗 (ちじつ こうざんうるわし。)
春風花草香 (しゅんぷう かそう かんばし。)
泥融飛燕子 (どろとけて えんしとび、)
沙暖睡鴛鴦 (すなあたたかにして えんおうねむる。)
"うららかな日差しをあびて、山も川もうるわしい。春風に吹かれて、草や花がかぐわしい。凍てついていた土もすっかりゆるんで、ツバメは飛び交い、河原の砂もあたたまって、オシドリが眠っている。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

蚊に刺される時期がきました。
速く歩けない私は、外に出る時、花や草がある所を5mぐらい通るのですが、その間に少なくても3箇所は蚊に刺されてしまいます。蚊も必死です。すぐに「獲物が来た〜」とわんさか寄って来ます(≧∇≦)。
それで、今年は庭に2箇所、今回の写真のように蚊取り線香を置くことにしました。
煙や臭いが苦手で今まで使わなかったのですが、使ってみると以外に大丈夫でした。
それに、その効果たるや素晴らしいもので、蚊取り線香を焚いている間は蚊に刺されません。(終わったものをかたずける時は、刺されます(^^;)。)
蚊取り線香は、渦巻き2つが一緒になっていて、使うときにはずしますよね。
今まで気づきもしませんでしたが、右手の力加減が上手くいかない私は、中心の部分を強く押しすぎてポキッと折ってしまう時があるのです。
箱の後ろに"渦巻きのはずし方"の説明が、絵入りで書いてあるのですが、右左の指のつまむ力が均等じゃないと上手にはずせません。
渦巻きは、元々丸く平らな線香を、運搬中折れてしまわないよう、微妙な溝の深さにプレスしあります。これは、すごい技術だと思います。でも、私がそれをバラして2つにするのは、とても難しく、細心の注意を払わなくてはならないのです。
生活の意外な所に落とし穴があるんだなぁと感心してしまいます。
今年からは、この優れものの蚊取り線香は手放せません。ですから、指のリハビリだと思うことにしてます(=^ェ^=)。
蚊取り線香の上の方にある紫陽花は、日々色が変わって梅雨時の楽しみですね。

いつも、漢詩の字を見ていると、すごいなと思います。
今回の詩も、わずか20個の字で、春の表情をたくさん表していますね。




# by no-shukkettsu | 2017-06-14 22:05 | Comments(0)

["杜甫の絶句二首"より]

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たまに鳩に会いますが、いつも "我関せず!" な感じで食事を続けています。

今回は杜甫(712ー770年)の詩です。
江碧鳥逾白 (こうみどりにして とりいよいよしろく、)
山青花欲然 (やまあおくして はなもえんとほっす。)
今春看又過 (こんしゅん みすみすまたすぐ、)
何日是歸年 (いつのひか これかえるとしぞ。)
"川の深みどりに映えて鳥はますます白く、山の青さに映えて花は燃えんばかりだ。今年の春もまた、見るまに過ぎ去っていく。いったいいつになったら、故郷に帰れることか。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

時々外出する"散歩リハビリ"の道順を変えてみました。
久しぶりの道は考えていたより遠く、結構草だらけで歩きにくく、重ねてとても暑い日だったので"もーイヤ〜家に帰りた〜い。" と心の中で叫びながら歩いていました。
急な石段を、手すりがあるから大丈夫だと思い上がっていくと、大きな蜂が‥‥。怖くてしばらく立ち止まってじっとしていました。
やはり、始めての所は大変だ! いつもの道がいい。と思いながら、やっとのこと階段を登り、広い砂利だけの駐車場に出ました。
まだ、右足を前に出しにくいので、とてもゆっくりしか歩けない私を、いつもの道なら多分みんな知っているのですが、始めての道なので、通り過ぎる人も「あら!」「だれかしら?」「たいへんね!」
と言っているようです。
前から歩いてきた人が、足を止めて声をかけてきました。
「どこから来たの?」
「どこが悪いの?」
「私の主人も脳梗塞で倒れて、始めは寝たきりだったのよ。」
「脳出血のほうなんです。小脳なのでバランスが取れなくて。筋肉が落ちないように時々歩いてるんです。」
「そうなの‥‥。私も夫が倒れてから、病院は長く置いてくれないし、色々な書類は書けないし、しばらくはパニックだったのよ。息子たちは一緒に暮らしていないので、あまり頼れないし‥‥。」
「今では、やっと週2回デイサービスに行けるようになったけど、その準備も大変よね。何せ男の85歳なので、体が悪くなくても一切自分のことは人任せの時代でしょ。ズボンを履く時も"うん"と言って足を出すだけなのよ。」
「狭い家なのに、居間から台所までも遠いって言うのよ。」
私はご主人の動けない状態もよくわかるので、
「奥さんが、介護したり、横で見ていたりする方がきっと大変ですよね。」と言ってから
「動きにくいと、居間から台所までは、驚くほど遠いんですよ〜。」と話しました。
実際に前は、少しの距離もほんとに遠く感じるし、立っているだけでも疲れたのです。
「でも、少しはリハビリをしてくれないと‥。嫌がるけど、食べ終わったらお茶碗と箸だけでも台所に持っていくように言ってみたのよ。」
「そうなんです、リハビリって言われるより、今月はあそこの部屋の雨戸しめ係、次の月は朝刊を持ってくる係、今度はあの3つの鉢だけ水をあげる。等、少しずつやれそうなことを具体的に言ってくれると助かるんですよね。」
すると彼女は
「そうよね、最近は前より少し動こうとしてるみたい。また会ったら話しましょうね。」
と言って、少し世間話をしてから別れました。
新しい道でも声をかけてくれる人がいました。
でもやはり次は、慣れた道を歩きます。
冒険はもう少しお預けにします (^^;)。

私の故郷は福島県の会津若松市です。
住んでいたのはほんの少しですが、言葉を聞くとホッとするし、磐梯山や猪苗代湖を見ると「ただいま〜」と言いたくなります。
なかなか帰れない、故郷を思う杜甫の気持ちがとてもよくわかります。




# by no-shukkettsu | 2017-06-04 15:55 | Comments(0)

[獨坐敬亭山]

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まだ、花は色づきませんが、緑が綺麗な5月の紫陽花です。

今回も李白。
「獨坐敬亭山」"独り敬亭山に坐す"です。
衆鳥高飛盡 (しゅうちょう たかくとんで つき、)
孤雲獨去閒 (こうん ひとりさって かんなり。)
相看兩不厭 (あいみて ふたつながらあかざるは、)
只有敬亭山 (ただ けいていざんあるのみ。)
"鳥たちはみな空高く飛んで行ってしまい、ただひとつ浮かんでいた雲も静かに流れ去った。いつまでも向き合っていて互いに飽きないのは、敬亭山よ、おまえだけだ。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

ある日、道の途中で突然、前から来た方に話しかけられました。
話しながら握手を求めて来るのです。
意味が少し分からなかったのですが、後ろから自転車で来た方が、どうやら奥さんのようで「すみません、耳が遠い上に少し認知症なので‥‥、すみません。」
というのです。
でも、どこかで会ったような‥。あとで思い出しました。
彼は、わたしが、のろのろと公園の周りを10分の1周歩いているうちに、一周してしまう速さで追い越していく人ではないかと。
意味が分からないことを言っていたのではないのです。しばらく公園に行かなかったわたしを覚えていて、
「しばらくぶり!生きてたんだ!良かった、また会いましょう。」と言いたかったのではないでしょうか。
わたしも言葉が出にくかった事があるので(今でも滑舌が悪いのですが。)分かるのです。
頭の中にはたくさんの言葉が次々に出て来るのですが、それを表現して外に出す事が出来ないのです。
周りから見ると、やはり認知に問題があるように見えるのでしょうね。でも違うのです。もどかしく、言葉を出したいのに出せないのです。それに右手が動かないので字も書けず、表現する方法がないのです。
頭の中で考えた言葉が、口をついて出て来るまでに、百分の一秒遅れをとります。脳の指令で百分の一秒というのは大変な時間です。いつもは考えることと行動することは、やろうと思えば、ほぼ同時に行えますよね。
一緒にいる人は大変かもしれませんが、"この人はきっと理解できている。"と過大評価的に思っている事が大事なのではないでしょうか。
そう思って寄り添っていてくれると大変助かります。
また、パソコンはキーボードを押す事が出来れば言葉を並べる事が出来るので、一つの表現方法として優れものです。
彼は、公園ですれ違うだけで一度も話したことがないのに、憶えていてくれたのです。有難うございます。生きていましたよ(^^)。
また、公園で追い越してください。

李白の詩のように季節が移り変わって、また戻ってきますが、鳥も、空も、雲も、花も、昨日と同じものはありません。
山はまるで多くのものの故郷ですね。






# by no-shukkettsu | 2017-05-21 11:06 | Comments(0)

[蓼蟲避葵菫 習苦不言非]

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鴨たちは、最近よく水から石の上にあがり、飛ぶ練習をしています。
もうじきシベリアの方に飛び立っていくのでしょうか。

今回は鮑照(412 ?-466年)の「代放歌行」"放歌行に代う(なぞらう)"からです。
蓼蟲避葵菫 (りょうちゅうは ききんをさけ、)
習苦不言非 (にがきにならって ひをいわず。)
次に
小人自齷齪 (しょうじんは みずからあくさくたり、)
安知曠士懐 (いずくんぞ こうしのこころしらんや。)
"蓼食う虫は美味なアオイやセリを避けて、苦い菜ばかり食って文句も言わぬ。それと同様に、自分の狭い世界の中でこせこせしているつまらぬ人間に、度量の大きい人物の心が分かるわけがない。"という意味だそうです。

先日公園で会った方は、今年91歳になられるということです。
背筋もしゃんとして、歩くのも早く、かくしゃくとしています。少し耳が遠いと言っていましたが、会話には支障を感じません。
「少し腰掛けて話しましょうよ。」ということで、近くの大きな石に腰掛けました。
彼女はひとしきり家族のことや世間話しをしてから「人生はとにかく我慢よ!。」と言います。
「10年前に医者から、"心臓が弱っているから、ペースメーカーを埋め込んだほうがいいよ。" と言われたんだけど、もう歳だし手術するのは嫌だし、放ってあるのよ。でも最近むくむのよね〜。」
と言いながら、靴下を脱いで足を見せてくれます。
始めてあった人のナマ足を見るのは、こちらの方が少し照れますが、そんな事は気にも留めないようです。
足は、確かにむくんでいるし、爪には栄養が届かず小さくなっています。うっ血もしていて、すぐにでも病院に行って診てもらったほうがいいと思いましたが‥‥黙っていました。
彼女は、何か意見を求めているわけでもないようなのです。
きっと、多くの事をちゃんと自分で決めてきた人なんだろうな〜。
だからいろんな人とぶつかり、我慢も多かったのでしょうね。

私は、"人生はとにかく我慢よ! " という意見には同調し兼ねますが‥‥ 。
少しできることは、何か「ん?」と思うときは、答えを出す前に、("臨場"というドラマの主人公のように) 心の中で、「俺(私)のとは違うな〜。」と思ってみることにしています。
それからゆっくり考えるのです。
人を理解するのはなかなか難しい事です。
ただ、人の話を聞くことは楽しいことですし、少しだけ苦味も分かるようになりました。

最近、療養記からほど遠い内容になってきていますが、入院中ではない療養は、様々な生活の中でなされているんだなぁと考えてくださいね (^^;) 。

# by no-shukkettsu | 2017-05-11 18:04 | Comments(2)

[紅豆生南國 春來發幾枝]

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紅豆生南國(こうとう なんごくにしょうじ、)
春來發幾枝(しゅんらい いくしかはっす。)
あとに
願君多采摘(ねがわくは きみ おおくとりつめよ、)
此物最相思(このもの もっとも あいおもわしむ。)
と続きます。
王維(701-761年)の「相思」(そうし) "紅豆に託して恋の思いをのべる。" という詩です。
"紅豆は南の国のもの、春になるといくつかの枝に実をつける。君よ、たくさん摘みたまえ、これは恋の豆、人思う気持ちをさそうものだから。"
だそうです。
なんだか、約1300年前の時代がとても身じかに感じられます。
漢詩には恋の歌がたくさんあるのですが、「紅豆」は珊瑚色の実で広東地方で取れると書いてあります。まるでコーヒー豆のようです。
しばらくぶりに喫茶店に入ると、香ばしいコーヒの香りと、美味しそうなトーストの匂いがして幸せです。
恋は脳での科学反応とも言われています。
シナプスの間をどのように神経伝達物質が動いていくのでしょうか。
その化学式は、複雑なんでしょうか。意外と簡単なのでしょうか。見てみたいですね。

先日立ち話をしていた方は、10年前までお豆腐屋さんを営んでいたそうです。
そういえば、ここ10年ほどで少なくとも近所のお豆腐屋さん3軒はお店を閉めています。豆腐も元は豆。紅豆同様、人間には欠かせないものです。
会話をしながら買うことができる "お豆腐屋さん" が無くなっていくのは寂しい事です。
その方は「今は、暇にしているからいつでも遊びに来てね。」
と、おっしゃっていました。
「有難うございます。」
写真のピンクの花はカラスノエンドウです。一応豆つながりです(≧∇≦)。

# by no-shukkettsu | 2017-04-29 17:20 | Comments(0)

[兩人對酌山花開 一杯一杯復一杯]

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桜は、もう葉桜になり、公園では、いつの間にかどんどん色々な花が咲いていきます。
今回は、李白の「山中與幽人對酌」(さんちゅうにて ゆうじんとたいしゃくす)です。
山中での生活の気ままな楽しみをうたっています。
兩人對酌山花開(りょうにん たいしゃくすれば さんかひらく、)
一杯一杯復一杯(いっぱい いっぱい またいっぱい。)
そのあとに、
我醉欲眠卿且去(われようてねむらんとほっす きみしばらくされ、)
明朝有意抱琴來(みょうちょう いあらば きんをいだいてきたれ。)
"二人で酒を酌みかわす傍らには山の花が咲いている。一杯、一杯、さらにまた一杯。おれは酔って眠くなった。きみはひとまず帰ってくれ。明朝、気が向いたら、琴を抱えておいでよ。"
という意味だそうです。

父は53歳に膵臓癌で亡くなりました。お酒に弱く、ビールをコップ一杯飲んだだけで赤くなり、すぐ横になって寝てしまいます。でも、飲む席は嫌いじゃなく「一杯、一杯また一杯か〜」と言っていたので、そこだけは覚えてます。
それに、「お前は、酒が強い所は俺に似ていないな。」とよく言われていました。
あの言葉は、この漢詩からとっていたのですね。
大好きな父でした。
話は変わりますが、以前、早朝覚醒や考えのまとまりのなさなどの症状が頻繁に出て、心が危ないかも‥‥と思ったことがありました。
その時に
"自分の前に物差しをイメージして置き、相対する人によっては、1m、60cm、30cm、20cmと、それぞれ違った距離をとって会話すると心が楽になる。"
と、どこかで聞いたことがあったので、やってみました。
心は脳なので、長年の考え方や、物の捉え方のくせがあり、初めの頃はなかなか上手くいきませんでしたが、何度も試して見るうちに、少し気持ちが楽になっていきました。
確かに、全ての人に対して、同じ近い距離に気持ちを置いて対応するのは疲れますよね。
李白のように、知人に
「眠くなったから私は寝る、あなたはもう帰ってくれ。明日、もし気が向いたら、琴を持って遊びにきてくれ。」
と言える、この絶妙な距離間には、つくずく感心させられます。

# by no-shukkettsu | 2017-04-21 17:21 | Comments(0)

[中庭雑樹多 偏爲梅咨嗟]

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いま日本では、桜が一気に咲いていますね。毎年見ますがやはり見事で、また来年も見たいな〜と思ってしまいます。
漢詩には、梅や桃は出てきますが、桜が描かれているのは、まだ見たことがありません。
今回は、鮑照(ほうしょう)の「梅花楽(ばいからく)」という詩の一部です。
中庭雑樹多 (ちゅうていに ざつじゅおおきも)
偏爲梅咨嗟 (ひとえに うめのために しさす)
つぎに、
問君何獨然(きみにとう なんぞひとりしかるや)
念其霜中能作花 (おもえ そのそうちゅうに よくはなをなし、)
露中能作實 (ろちゅうに よくみをなすを。)
と続きます。
"庭には色々な樹木があるのに、私が嘆賞するのは梅の木だけだ。他の木に「先生はなぜあいつ(梅の木)だけをほめるのですか?」と聞かれたら「それは梅の木が霜の中でも花を咲かせるばかりでなく、露に打たれながらも実を結ぶからさ。‥‥」"
詩は、そのあとも続き、
"他の木は暖かくなったら競い合うように花を咲かせる‥‥。" と、根性がない無節操な人びとを例えている詩だそうです。
そう言えば、梅の花は寒い時に咲いて、香りも良く、梅雨の時期に梅の実がなります。
そうなると桜は無節操な部類に入りますね(^_^)。
桜の季節になると、あまり人がいなかった公園にも、カメラを持った人が増えてきます。
同じ桜を狙って撮っているのに、きっと同じ写真はないのです。
最近よく思います。同じ物を見ていても「他の人はどう見ているのかなぁ。」と、
分かったつもりになっていたことが、こんなにも違っていたんだ〜。と思うことが多々あるからです。
言葉が出にくかったり、早く歩けなかったりしたことは、そのぶん余計に時間がかかるのですが、グズグズしている時間の流れの中で見えてくるものも多くあります。特に自然の中に気がつかなかったことが、なんと多くあることでしょう。
このブログを書くにあたって漢詩と出会えたことも素敵なことです。
それにしても、梅のように根性がなくても、ぱっと散っても、あんなに皆んなに喜ばれる桜は、やはり愛すべき花ですね。



# by no-shukkettsu | 2017-04-11 20:05 | Comments(0)

[花間一壺酒 獨酌無相親]

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花間一壺酒 (かかん いっこのさけ)
獨酌無相親 (ひとりくんで あいしたしむものなし)
つぎに
擧杯邀明月 (さかずきをあげて めいげつをむかえ)
對影成三人 (かげにたいして さんにんとなる)
この後、詩は、まだ続きますが、今日はここまでです(^^)。
李白の「月下獨酌(げっかのどくしゃく)」という詩です。
"咲きにおう花かげに酒徳利を持ち出したが、一緒に相手をしてくれる友もない。そこで杯をあげて明月を招き寄せ、わが身の影と合わせて三人の仲間ができた。"
という意味だそうです。
月と自分と、自分の影で三人なんて、とても素敵な飲み会ですよね。
朝カレンダーを見たら、今月は31日まであるのを発見!。
まだ一回しかブログを書いていなかった今月
「あーぁ、終わっちゃうな〜」
と嘆いていたので、少し得した気分です(≧∇≦)。

今回は物の見え方について、今の段階を少し振り返ってみます。
視覚については、右目を隠して左目だけで見ても、左目を隠して右目だけで見ても、どちらも物は見えるのです。
しかし、両方の目で見た場合も物は見えるのですが、何か違和感があるのです。
「違和感がある。」
というのは、なんだか言う方は説明が長くなる時、聞く方はなんとなく納得できる場合に使う、便利な言葉ですね。
でも、必要なら、もう少しお互い突っ込んだ表現を探すと、何かがはっきり理解できるかもしれません。
小脳の障害なので、"きっと焦点が合わないんだろうな〜"と、前から思っていたのですが、最近は、左目が、きちんと開いている!。仕事をしている!。焦点を合わそうとしている!。
と、感じる事がよくあります。
それで、わざと目をギョロリと大きく見開いてみたりしています。
物の立体感が強く見えることがあるんです。
説明しづらいし、理解しづらいですよね。
とてもゆっくりですが、変化していることは実感できます。同じ症状がある人になら分かってもらえるかもしれません。李白が、寂しいけれど、月、影と3人でお酒を飲む。それは、静かな喜びも少しはあったんだろうな〜と想像するのと同じです。
酔うということは、小脳が一番敏感に感じるので、お酒の量には気をつけていますが、カップの中に花びらが、ひらひらと落ちてきてほしいものですね。

# by no-shukkettsu | 2017-03-31 13:40 | Comments(0)

[渡水復渡水 看花還看花]

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渡水復渡水(みずをわたり またみずをわたり)
看花還看花(はなをみ またはなをみる)
そのあとに、
春風江上路(しゅんぷう こうじょうのみち)
不覺到君家(おぼえず きみがいえにいたる)
と続きます。
明代の詩人 高啓 (1336-1374)の詩「尋胡隠君」(こいんくんをたずぬ)です。
"水を渡り、また水を渡り、花をながめ、さらに花をながめ、春風にふかれつつ河沿いの路を行ったら、いつのまにかあなたのお宅に着いていました。"
という意味だそうです。
もう、梅は散って桜にバトンタッチする時期ですが、遅咲きの梅が咲いていました。
川をたくさん渡り、花をいっぱい見ているうちに、知らず知らずのうちに思い描いてる人の家が見えてくるなんていいですよね。
きっと携帯やスマホがある今の時代では、考えられない喜びでしょう。
世の中は、びっくりするくらい、どんどん便利になっていきますが、苦労して見つける喜びなど、忘れられたものもありますよね。
3ヶ月に1回の通院の日に、主治医が「歩きにくいですか?」と聞くので
「少しずつ良くなっているのはわかるのですが、まだ歩きにくくて‥‥。これは、元に戻るのですか?。」
と聞いて見ると、
「戻りますよ!。」
と言うのです。
もう7年にもなるので、ダメかな〜と最近弱気だったので、
"たくさんの患者さんを見て来た医師が言うのだから、もう少し信じてみよう。"
と思うことにしました。
"信じる" "信じてみる人がいる" って、なんとなく明るい感じがしますね。
高啓が見た、水や花のようです (^^) 。


# by no-shukkettsu | 2017-03-21 19:21 | Comments(0)