ソラマメの窓

cerebellu3.exblog.jp
ブログトップ

会話

b0335110_15354986.jpg
春は桜 🌸
あちらできれいな桜が満開だと聞くと、行って見たくなり、
今度は川岸の桜が‥‥と聞くと見にいき、
歩き方がおぼつかないのに、今の季節は落ち着きませんね〜。
天気の良い日が続いて、有り難いのだけれど、
毎日、疲れます(ᵔᴥᵔ)。

桜といえば、やはり西行さんです。
たくさんある中から、

たぐひなき
花をし枝に
咲かすれば
桜にならぶ
木ぞなかりける



今年で92歳になるという方が、
「この公園の近くに家があるので、お天気の良い日にはいつも一周してから、あの先の神社にお参りをして、こうしてみんなと少し話してから帰るんです。とても幸せですよ。」
と言います。

いつも公園で会う人は、遠慮がちに、挨拶程度の会話をしていきます。
そして皆さん「健康のためにも会話は大切よ!」と言います。

病気で倒れた頃は、頭の中でたくさんの文章はできるのですが、口から外に出すのに1秒ほど遅れ、しかも滑舌も悪かったので「みんな分かったのかな?」といつも思ってました。
でも、不思議に「おはよう」や「さようなら」「お疲れ様」は普通に出てきました。
人生の中で一番使っている言葉だからでしょうか。

言葉・会話を少し考えてみます。
言葉には、おおざっぱに
◎記憶 物の名前や作用、今までの出会い
◎理解 相手の言っていることの意味
◎想像 この言葉を発したら‥‥こうなる
◎構成 自分の言葉の並び
◎運動 言葉を発する時に使用する多くの筋肉
が関係します。

脳をフル回転し、舌や口腔、咽頭を使います。
自律神経や副交感神経も動きますから、胃や腸まで影響を受ける場合があります。

公園では、健康のための会話にとどめておいた方がいいので、脳と運動神経を刺激するぐらいがいいですよね。

挨拶をするとか、同じ花や鳥を見て共感するなど‥‥。
そうそう、この"共感"がとても大事で幸せに直結するんだ〜と言っていた人がいます。
確かに、同じものを見、感じ、「イイねー」「キレイ!」と言い合えたらかなり幸せかも。
辛かった病気の症状の共感もね😆。


一言でも、話すこと、
話せなくても話そうとすること‥‥は、いいことですよね。
公園だからできることです。
桜の季節だし、どんどんこれから花も咲いていくので、ぜひ共感の言葉を!。

木蓮、梅、辛夷‥‥と、たくさんきれいな花を咲かせる木がありますが、西行さんが言うとおり、どう見ても満開の桜の木には負けますね😄。

毎日桜の写真をたくさん撮っているので、今回はもう一枚載せさせてください。
"淡墨桜"と書いてありました。

b0335110_07324573.jpg



[PR]
# by no-shukkettsu | 2018-03-31 07:55 | Comments(0)

散歩

b0335110_12381743.jpg
写真はスノードロップの花です。
公園で撮りました。
毎年のことなのに、いつも新しく感じます「なんだか春ですね。」と。
西行さんへ‥‥梅の写真じゃなくてすみません (^^;)。

梅が香を
谷ふところに
吹きためて
入り来ん人に
染めよ春風


春の風には、花の香りがたくさん含まれていて、キョロキョロと見回すと、けっこう遠くに梅の木があったりしますよね。

公園で何人かに聞くと
「健康のためには、やっぱり外に出てみること、歩くことだね。」
と言います。
杖を使っている人、カートを押している人、車椅子の人もです。

入院している時も、引きこもっている時も
窓を開けると、部屋とまったく違った空気の流れを感じました。
それで、今回は散歩の効用を五感で考えてみました。

五感とは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、です。
ただし、他の感覚を閉じて一つずつ考えてみます。

◎視覚
家を出て信号の赤青黄色を確認し、歩道の線を見て、公園に着いたら、季節ごとに目に見える木や花、鳥を見て、出会う人の顔を確認します。
空や池、遠くの山々を見ます。

◎聴覚
扉の軋む、車や自転車の、人の話す、鳥の鳴く、葉が風で触れ合う、水が流れる、缶や紙が風に舞う‥‥音がします。

◎触覚
ドアノブの触り具合、車椅子や杖、手すり、木や葉の手触り、誰かが手をとってくれた時の感触。

◎味覚
時折、散歩の途中で立ち寄る喫茶店のナポリタンの味。
たまに食べる、おしるこの味。
少し遠出した時に持参したポットのお茶やおにぎりの味🍙。
噛んでいるガムの味。
喉がちょっと‥‥と思ってなめるノド飴の味。

◎嗅覚
お昼や夕食の準備で、各家から流れてくる、卵焼きや焼き魚の匂い。
喫茶店の前を通る時のコーヒーの香り。
お肉屋さんのコロッケの匂い。
梔子、梅や沈丁花や桜、木瓜などの香り。

ちょっと思っただけで、
散歩の途中には、こんなにたくさんの感覚が動きますね(ᵔᴥᵔ)。

私が一番好きなのは、風に乗ってくるいろいろな香りですかね。
卵焼きの匂いなんてして来たら、幸せ倍増でクンクンしてしまいます。

もちろん散歩には、血行促進、筋肉保持、心臓の強化など、大事な効用がありますが、
嬉しいことは、この五感への働きかけですよね。

今の季節は、西行さんが歌に描いているように、
時折、色が見えるように、梅の香りが空気いっぱいに漂ってきます 🍃。




[PR]
# by no-shukkettsu | 2018-02-25 16:38 | Comments(0)

心の平安

b0335110_14524506.jpg
写真はきのう(2018.1.12)の朝の月です。

冬枯れの
すさまじげなる
山里に
月のすむこそ
あはれなりけれ

西行法師の歌です。
西行さんは、桜の歌が有名ですが月の歌もたくさん詠んでいるのです。
寒いと空気が澄んで、月がほんとに綺麗に見えますよね。
今年は、好きな西行さんの歌にも助けてもらおうと目論んでいたのです。


コメントが来ないな〜とがっかりしていたら、新年にふさわしいお題をいただけて本当に嬉しいです。
「心の平安を保つように心がけています。」
一番大事な事ですよね。
ありがとうございます😊。

私もここまで頑張って生きてきたので、もう少し良くなって生活してみたい!
と、思うので「心の平安」重要です。
そのためには、思いがぶつかるような‥‥混乱するような事の処理方法を会得しとかなきゃと思うのです。


以前、「心」ってどこにあるんだろう?と思ったことがあります。
頭には脳があり、胸にあるのは心臓と肺‥‥胃でもないし腸でもない‥‥。
でも、歯が痛かったり、胃がムカムカしたり、捻挫しても、心は普通ではいられない。
まして、難しい問題が起こった時や、苦手な人と話さなきゃいけない時、親しい人でもイラッとした言葉を聞く時は、頭も胃も痛くなる‥‥。

そんな脳と身体と外(社会)の関係が「心」なんだろうな〜と思います。
実態はないけど、総合的な物に名前がついたんですね。
脳、身体、社会
と言うとすべてですよね。
ですから、すべての事柄に同じように対応していたら精神が疲弊します。

肉体が損傷した時は仕方がありません。それは治してもらうしかありません。
私も小脳を損傷しました。直後は症状の辛さに気絶しているぐらいでしたから、何も考えられません。でも、少し経って脳が機能し始めると、外の物音が聞こえ、身体が対応し始めます。
そして日常に戻り喜びもつかの間‥‥小さな事でも、精神的な行き違いを感じる事が起きてくるのです。

そこで心の平安を守るため、
わたしは、相手によって「心」の距離(イメージの物差しを置いて)を変えて、少し「間」を置くことにしています。

「あれ〜怒ってる?」
「それって、きのう言ってたことと違うなぁ。」
「チョットその事は、自分の考えとは違う〜。」

など、口には出さず頭の中だけで囁いてみるのです。
ほんの10秒程です。
その「距離」が、その「間」が「心」を少しクールダウンして救ってくれます。

相手から見ると少し変わり者に見えるかもしれませんが、自分の心を守るのだから仕方ありませんよね(^^)。

あと、散歩リハに出かける時はコンデジ📸を持っていきます。
今のカメラは優れもので、小さいのに、
月も、鳥も、花も、虫も、少し近くに感じます。
西行さんの気持ちもわかるかなぁと思って‥‥(ᵔᴥᵔ)。



[PR]
# by no-shukkettsu | 2018-01-13 18:45 | Comments(0)

かっこいいでしょ、アオサギさんです。

b0335110_13570010.jpg
いつも歩いてバス停を通り過ぎる時は気を使います。相変わらず歩きが遅いので、乗るのかと思われてバスが止まってしまうのです‥‥申し訳ありません。
ある日、いつものように、私としては急ぎ足で(⁉︎)バス停を通り過ぎようとしたら、そこでバスを待っていた方に声をかけられたのです。

「気をつけてね〜。杖を使った方がいいんじゃない。私も9年前に脳梗塞で左半身に麻痺が出たんだよ。」
「小脳出血を起こしたので、バランスが保てなくて、杖はうまくつけないんです。」
「そうなんだ〜。転ぶのが一番危ないから気をつけてね。これから散歩なんだね。歩くのが一番だよ。私ももう85歳なんだけど毎朝5時半に起きて近くの公園を歩くよ。」
「え〜5時半起きですか、今は暗くて寒いでしょう。」
「暗いから懐中電灯を持っていくんだよ(^^)。同じ公園を、同じ時間に歩くのが大切なんだよ。毎朝会う人とおしゃべりして、時には歩きながら歌も歌うよ!。声を出すことって大事だよね〜。会う人はみんなどこかに病気を持ってるよ。」

バスが来るのを気にしながら、色々話をしてくれました。
脳梗塞の他にも、メニエール病で起き上がれなくなったり、前立腺の病気になったりと色々な事をくぐり抜けてきたそうです。
でも、とても若々しく明るい方でした。
「気をつけてね〜またどこかでね!。」と言って、バスに乗り込んで行きました。
見習わなくちゃですね。


ここで、私のつたないブログを読んでくださっている方にご相談なのですが、
最近、小脳出血の症状について、もう書くことがなくなっていて、何だか同じことをまた書いているんじゃないかなぁと心配になります。
そこで、ぜひ皆さんが日々の病気療養で困っている事や!励んでいることをコメントでいただけないでしょうか。
いただいた問題などを、いくつかまとめて一般化して(お答えなんておこがましいことはできませんが)ブログ上で書いていければと思っています。
お名前などはいりません。
お気軽に、
質問「◯◯◯◯◯‥‥‥。」
参考意見「◯◯◯◯◯‥‥‥。」と書いていいただければ分かります。
このブログは"病気療養"のカテゴリーですが、健康な人も、もしかしたら読んでくださっているかもしれません、そんな方からも病気療養についてのご意見をいただければと思います。
と言っても、あまりコメントがなかった場合‥‥‥また考えますね(ᵔᴥᵔ)。
医師ではありませんので、一般的なお話しかできませんが、気持ちの共有の場になればと思います。
ネットに弱い私ですので失礼があるかもですが、よろしくお願いします。

では、良いお年をお迎えください🎍。


[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-12-28 20:38 | Comments(5)

[あの有名な、誰でも一度は暗記した、杜甫の"春望"]

b0335110_14255415.jpg
もう11月も終わりですね😆。
すれすれセーフ!。
秋から冬‥‥木も生きるために、葉を落としてます。

きょうは誰でも一度は授業で暗記した、あの有名な、杜甫の漢詩です。
あまりにも有名なので、意味は書きません。
きっと皆さんの口から自然に出てくる詩の一つですね。
懐かしいです。
でも、あの頃暗記した自分と今の自分では、詩に込められた思いの感じ方が違いますね。
なんだか、これ一つで人生の風景をすべて言い表しているようです。

國破山河在 (くにやぶれて さんがあり、)
城春草木深 (しろはるにして そうもくふかし。)
感時花濺淚 (ときにかんじて はなにもなみだをそそぎ、)
恨別鳥驚心 (わかれをうらんで とりにもこころをおどろかす。)
烽火連三月 (ほうか さんげつにつらなり、)
家書抵萬金 (かしょ ばんきんにあたる。)
白頭搔更短 (はくとう かけば さらにみじかく、)
渾欲不勝簪 (すべて しんに たえざらんとほっす。)


実は、小脳出血で倒れる2年ほど前に、軽く脳の側頭葉(右か左か忘れてしまいましたが(^^;))での小さな出血があり、倒れたことがあります。
手足や話すことにはなんの障害もなく、主治医も
「何処にも影響がない部分の出血だったのでよかったですね〜。」
と言っていたのです。
ただ、一週間ぐらい、興味や笑いが自分の中から無くなっているのに気づいていました。

あんなに好きだったミステリードラマを見ても
→このプロットの何が興味深いんだろう
お笑い番組でさえ、
→この話の何が面白いのかな
結構仕事人間だったのに
→仕事のやり方は忘れてはいないのですが、全然興味がわかない‥‥。
つまり、
感情が無くなった感じなのです。

今でもその時の自分を思い出すと不思議です。
脳はつまり(もちろんでしょうが、) 感情も支配しているのですね。
ただ、自分の感情が変だと分かっているので、多分前頭葉で取りつくろう事ができるのです。
脳の間を行き交っている伝達物質の問題もあるのでしょう。
ですから感情の問題であっても、化学療法は心理療法と共に必要なものなのだと実感しました。

一週間ほどで私の感情は元に戻ったのですが、笑いさえも脳の機能障害で無くなるのは、自分を人体実験したようで、ある意味有益な時間でもありました。
脳の病気になって、他の臓器とは違う脳をより知る‥‥みたいな日々です(ᵔᴥᵔ)。


[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-11-30 16:40 | Comments(0)

[陶淵明(とうえんめい)の雑詩二首からその一 、の続き(最後)]

b0335110_11354249.jpg
写真は杜鵑(ほととぎす)です。
鳥は"不如帰"と書きますよね。その胸の模様が、この花に似ているらしいですよ。
この頃、毎日雨が多いですね☔️。

盛年不重來 (せいねん かさねて きたらず、)
一日難再晨 (いちじつ ふたたび あしたなりがたし。)
及時當勉勵 (ときにおよんで まさに べんれいすべし、)
歳月不待人 (さいげつは ひとをまたず。)

"若い時は二度とはやって来ないし、一日に二度目の朝はない。楽しめるときには、せいぜい楽しもう。時というものは人を待ってはくれないぞ。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)


駅でバスに乗り込もうとすると、私より先に並んでいた、50代ぐらいの小柄な女性(以後Aさん)が、
「このバスは病院前で止まりますか?。」
と聞いてきました。
私は、
「はい、止まりますよ(^^)。」
と答え、先にステップを上がり、席に座りました。
(このバス路線には、病院が二つあるのですが、どちらも止まるのです。)

運転手さんは、発車まで時間があるらしく、外で軽くストレッチをしています。
Aさんはバスに乗らずに、なぜかドアの前に立ったままです。
しばらくして、発車の時間近くになり、運転手さんが運転台に座ると、
Aさんは運転台のドアの方に駆け寄り、
「このバスは病院前に止まりますか?。この手帳使えます?」
と聞いているのです。
「止まりますよ。手帳は降りる時に見せてくださいね。」
さっき私に聞いたのに‥‥。
それから、Aさんはやっと安心したようで、バスに乗り込み、ちょうど私の後ろに座りました。
半袖でも暑い日だったのに、長袖のシャツのボタンを上まできちんと掛け、その上にもう一枚着て、汗をかいています。
小さなバックからタオルを出すと、汗を拭きながら
「さっきはありがとうね、きょうは暑いね〜。」
「きょうね、シャツを一枚とハンカチを買ってきたの。(使っていたピンクのタオルハンカチを見せながら)これは違うけどね。それに、さっきあそこでコーヒーを飲んでモンブランケーキを食べてきたんだ。美味しかったよ。」
と話しかけてきます。
「病院の売店の方が安いけどね、たまには買い物もいいね。バスを降りるときには、この手帳を見せるように言われてるんだ。」
「ケンケイからもらったんだよ。」
「ケンケイからもらったんだ。」
と何度もいいながら手帳を出して見せてくれました。
緑色の少し大きな手帳です。
ケンケイ?県警から?‥‥交通課?‥わからなかったけど、頷いてみました。
それから、天気のことや、なぜ病院の売店はコーヒーもハンカチも安いのかという話を数回と、好きな食べ物の話をしていました。
私が降りるのは、駅から3つ目の停留所なので
「足が悪いので、歩ける距離だけどバスに乗ってるの。じゃ、次おりますのでどうもね〜さよ‥‥」
と言おうとすると、笑顔で
「サヨナラっては言わないよ〜また会うかもしれないからね。」
「サヨナラは言わないよ〜。」
と2回言うのです。
初めて会った人から「サヨナラは言わないよ〜」
という言葉を聞くとは‥‥なんだか不思議な気がしました。
それで、振り返って「じゃ、またね、」といいながらバスを降りてきました。

しばらく考えて、
きっと子供の頃から、お母さんに言われてきた大事な言葉達があるんだろうなぁ。
そして緑色の手帳は、ケンケイからもらったんじゃなく、ケンチョウ(県庁)からもらったんだね。

「休憩中の運転手さんに話しかけてはダメよ。」
「洋服はきちんと着ているの。」
「お金は大事に使うのよ。」
「また、直ぐ会えるから、サヨナラは言わないのよ。」

映画の" フォレスト・ガンプ "を思い出しました。
そういえばあの主人公も、いつも青いシャツをきちんとボタンを上まで掛けて着て、背筋を伸ばしてバスを待っていましたね。
毎日、お母さんが教えてくれた大事なことを守っているので、その純真な心に、みんなの協力が集まって、幸せに一生を駆け抜けて行く映画でした。
大好きな俳優さんの一人、トムハンクスが演じてました。

なんだか、弱くなっている涙腺が開きかけています(≧∀≦)。


陶淵明の "歳月は人を待たず" も、よく父が言っていました。
"今日という日は、もう二度と来ない。"とも言われました。
だからといって、毎日精一杯生きているわけでもないズボラな私ですが、
迷った時は
「明日は生きていないかもしれないからね〜。エイッ!」
と、好きな方を選んでみます。
それに、なるほどAさんがいうように「サヨナラ」は言わない方がいいですよね。
以外に世界は狭いので、また会うかもしれませんよね (ᵔᴥᵔ)。




[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-10-28 16:16

[陶淵明(とうえんめい)の雑詩二首より其一、 の続き]

b0335110_13041900.jpg
陶淵明の雑詩から、前回の続きです。
写真は#花虎の尾 です。

落地爲兄弟 (ちにおちて けいていとなる、)
何必骨肉親 (なんぞかならずしも こつにくの しんのみならん。)
得歡當作樂 (かんをえては まさに たのしみを なすべし、)
斗酒聚比隣 (としゅ ひりんを あつむ。)
まだまだ続きますが、あと一回、次回に。

"そんなこの世に生まれ出たからには、すべての人が兄弟のようなもの。血縁にこだわる必要はさらさらない。うれしい時には、心ゆくまで楽しみ、酒をたっぷり用意して近所の仲間といっしょに飲むがよい。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

テレビで、脳科学者が
「小脳は空間認識をつかさどっています。」
と言っていました。
まさしくそうです。
確かに、見ている空間がおかしいのです。
といっても分かりませんよね。
何度も話してきましたが、自分が見ている空間の説明はとても難しいですね〜(^^;)。
以前、13年前に脳障害を起こした人の話をしましたが、その方とは、遠くに見える1人の人が2人に見えて、1台の車が2台に見えて‥‥と話し「そうそう〜」と、分かり合えました。
また、べつな方は、
「左側は正常に見えるのに、首を静かに右側に回すと、空間が細くなるんだよ。」
と言っていました。
まさしくそうです。小脳の右側を出血した私は、右左は逆ですが同じなのです。
空間に直線的な歪みが出るのは、左右の視覚の焦点に、距離の違いができるからだと思っています。
そして、空間認識について、毎日「あれ!」と、ほんの少し昨日との違いを感じているのは、左右の焦点の長さの近づきによるものだと勝手に思っています。

先日1年に1回のMRIを撮りました。
そして、主治医から初めて「影が少し薄くなっていますね。」
と言われたのです。
8年目にして初めてです。
MRIの写りが弱かったのでは?と少し疑ってしまいますが、
"薄くなることもあるんだ〜"
喜ぶべきことなのに、なんだか不思議です。

お酒は好きで、特に赤ワイン🍷をよく飲みます。
陶淵明の詩を読みながら、「そうそう〜」と頷いてしまいます。
みんなが「今のこの世に生まれたからは、兄弟のようなもの。」と、思えば、争いなんて起きないのに‥‥と思いながら (^^)。



[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-09-29 19:34 | Comments(0)

[陶淵明(とうえんめい)の雑詩二首より、其一から]

b0335110_14411638.jpg
陶淵明は365年ー427年の方なので、日本でいえば聖徳太子の活躍より前ですね。

人生無根蔕 (じんせいは こんていなく、)
飄如陌上塵 (ひょうとして はくじょうの ちりのごとし。)
分散逐風轉 (ぶんさんし かぜをおって てんじ、)
此已非常身 (これすでに つねのみにあらず。)
さらに続きますが、長いので、続きは次回にしますね。
"人の命には木の根や果実の蔕のような、しっかりとした拠り所がない。まるであてどなく舞い上がる路上の埃のようなものだ。風のまにまにあちらこちらへ吹き飛ばされて、この身は、もはやもとの姿を保ち得ない。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

しばらく身体の具体的な症状について書いてなかったので、今回は主に右足についてご報告しますね。
今、右足はやはりまだ歩きにくいのです。
人が歩く時は、右足を一歩前に出した場合、次に左足が前に行きますよね。そして左足が空中にある一瞬、後ろで右足が身体を支えます。
その時、以前は身体が左右にフラついていたのですが、そのフラつきが少なくなりました。それは嬉しいことですが、歩きにくいのはいつまでたっても変わりません。
こうなったら、前にブログでも書いた"いやだな〜率" で考えるしかありません。
そして、現在の歩きにくさについては、とりあえず "いやだな〜率75%" にしておきます。
また、脳梗塞や脳出血でどちらかの足が歩きにくくなった方は、その歩きにくい足を一歩前に出すとき、踵ではなく、つま先が先に地面につきます。
経験のある方はきっと「うんうん」とうなずいていますよね。
私もそうなのです。それで、足の親指の腹を擦りむいてしまい、何かにぶつかるとすごく痛いのです。
特に、台所の床にある小さな地下貯蔵庫なんですが、その蓋の周りが金属で出来ていて、0.3㎜ぐらい周りより高いので(気を付けるのですが)、そこによくぶつけて、いつも「アイタッ! 」と叫んでいます。
それが‥‥、最近、ぶつける回数が減ってきたのです(°▽°)v。
足を少しうえに上げて、踵から一歩前に出せることが出来たということですよね。

もう倒れてから8年目に入りました。
いつも思います。敵(病気)もさるもの、わからないように変化していこうとしています。
「慣れるよ!」という人もいます。
私はそれにチョット抵抗して、どうにか回復過程がわかるように「きのうとどう違うのかなぁ。」「こんなふうに動くのは、なぜだろう?」「どうしたらいいんだろう。」と、あらゆる感覚を使って思ってみます。

陶淵明の頃から、人間は「諸行無常」ですね。
でも、何処かにぶら下がりたい、爪あとを残したいと思うのも少し可愛いと思いませんか ⁉︎ (ᵔᴥᵔ)。


[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-08-30 17:01 | Comments(0)

[陳師道の「絶句」]

b0335110_08404515.jpg
真夏は花が少ないですが、木槿は暑さの中でたくましく綺麗に咲きますね。

陳師道は1053年ー1101年の人なので、日本でいえば平安時代の中頃の人でしょうか。

書當快意讀易盡 (しょは かいいにあたっては よんで つくしやすく、)
客有可人期不來 (かくに かじんあれば きすれども きたらず。)
世事相違毎如此 (せじの あいたがうこと つねに かくのごとし、)
好懐百歳幾回開 (こうかいは ひゃくさいに いくかいか ひらかん。)
"これはと、気に入った本は、あっという間に読み終えてしまうし、大好きな友達は、約束してもなかなか来てくれない。世間の事はいつもこんなふうにくいちがう。のびのびとよい気持になれるのは、人の一生に何度あるだろうか。"
という意味だそうです。
とても貧しく、そのために家族とも離ればなれにならなくてはいけない時期もあったそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

早朝散歩していると、あちこちで、ゴミ袋をぶら下げた中学生に出会います。
夏休みなんですね。
きっと合宿が始まり、先生に、早起きして街をきれいにしてくるように!と、言われたのでしょう。
自動販売機のそばで、可愛い中学生3人の男子たちが、坊主頭をくっ付け合いながら何かヒソヒソと相談していました。
そして、1人が飲み物を買ったようでした。
その子が、自販機から振り返り、買ったばかりのペットボトルのフタを開けた途端、 "シュー"という音とともに、飲み物が噴き出してきました。
いま買ったばかりなのに‥‥。
そんな事あるのか‥‥。
3人は笑い転げていました。
青空を映して、遠くからラジオ体操の音楽が流れてきたら、なんだかベタな映画のワンシーンですよね。
‥‥実際はラジオ体操が始まるよりも、ずっと前の時間ですが‥‥。
それを見ていた私も笑ってしまいました。
早朝の空気によく合う出来事です。
中学や高校の頃は(思春期というのでしょうか。)大変です。決して戻りたいとは思いません。
授業は‥、今では、あ!っという間の50分なのに、永遠のように長く感じましたし、変な自尊心や無知から来るかってな思い込みで、頭がいっぱいでしたよね。
身長が実際は150㎝でも、身体の周りをぐるっと心の幅が囲んで、自分では200㎝ぐらいの感覚が渦巻いていて、よく分からない日々が多かったような気がします。
笑い転げている彼らを見て、本当はあの時期が "人間" なのかなぁ‥‥と、あの頃から比べて傷つかなくなってるな‥‥振り返りながら思います(^^;)。

きょうは、そんな感傷に浸りながらの散歩リハでした。

陳師道の詩を読んでいると、時間感覚の不思議さを感じます。
いくつかの気持の良い日が、ずっと辛い人生を支えたんだろうなと思います(=^ェ^=)。






[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-08-12 15:44 | Comments(0)

[山中問答(さんちゅうもんどう)]

b0335110_08541375.jpg
ヒメオウギです。7月の始めまで咲いていました。

「山中問答」は李白の詩です。
問余何意栖碧山 (よにとう なんのいぞ へきざんに すむと。)
笑而不答心自閑 (わらってこたえず こころおのずから かんなり。)
桃花流水窅然去 (とうか りゅうすい ようぜんとしてさる。)
別有天地非人間 (べつに てんちの じんかいに あらざるあり。)
"どんなつもりでこの緑深い山奥に住んでいるのか、と人は聞く。だがわたしは笑って答えない。心はどこまでものどかである。桃の花びらを浮かべつつ、水はどこまでも流れて行く。ここは俗人の世界ではない、別天地なのだ。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

退職してからの生き方について、友人から聞いた新聞記事の受け売りを話します。
友人から話を聞いて、その話を受け売りするのですから、少し私見が混じっているかもしれませんが‥‥、
「退職してから、人生の目標とする事柄は、全く以前の仕事から離れたことにすべきである。特に、子供だった頃抱いていた夢の中で、果たせなかったことにするのが一番いい 。」
だそうです。

仕事をやめてから、仕事の思考方法が頭や身体から抜け出るまで、少なくとも三年以上はかかりますよね (≧∇≦)。
仕事内容や、そこで学んだ知識を捨てることは以外に早く出来るかもしれませんが、生活行動や価値観に染み付いてしまった物達はなかなか出て行きません。
細かいこと‥‥例えば、
・相談ごとや計画内容は、的確にスピーディに上司へ伝える。
・伝え方はどんなに多い内容でもA4一枚に分かりやすくまとめる。
できるだけフォントを大きくする。
エクセルなどを使い、表を作成して説明する。
・行動は早く、会議は準備をしっかり、落とし所を決めておく。
・マニュアルや様式はちゃんと頭に入れておく。
・時間は正確に、特に10分前行動を心がける。
などの、初歩的な仕事方法です。
そういった事は、意外と身にしみているものです。
良いこともたくさんありますが、こういう事を、一旦リセットできた後に、別の人生が拓けてくるのかもしれませんね。

友人からの話を聞いて、なぜ自分がファインダーを覗いている時だけが、一番ワクワクするのかがわかりました。
私は、子どもの頃
"写真家になって世界中をまわる! "
という夢もあったのを思い出したのです。
まだまだリセットできないものがたくさんあります。それに、今から写真家にはなれないし、世界中もまわれませんが、新しい価値観の世界はあるものなのです。
「子どもの頃のもう一つの夢」って、なんだか素敵だなぁと最近思い始めました。

李白の存在も、価値観の置き方ですよね。
もう一つの夢に繋がるような気がします(=^ェ^=)。

[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-07-31 11:33 | Comments(0)

[月下獨酌(月下の独酌) から]

b0335110_20481836.jpg
前回三日月だったので、今回は、ほぼ満月を! (7月8日夜の月)。

"月下獨酌"は李白の詩で、以前、前半の部分をご紹介していますが、今回は後半の部分からご紹介します。
我歌月裴囘 (われうたえば、つきはいかいし、)
我舞影零亂 (われまえば、かげりょうらんす。)
醒時同交歡 (さむるときは、ともにこうかんし、)
醉後各分散 (ようてのちは、おのおのぶんさんす。)
"私が歌えば月は歩み、私が踊れば影もゆらめく。醒めている間はこうして楽しみをともにし、酔ってしまえばたがいにさよならさ。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

ある日、公園でよく出会う人には、私から挨拶をすればいいんだ〜と気がつきました。
早速やって見ました。ちょっと照れますが、とりあえず、すれ違うときに頭を下げて見ました。すると、通り過ぎた人が戻ってきて
「こんにちは、突然お話ししますがごめんなさい。脳が原因で歩きにくいのですか?私の知り合いと同じような歩き方だから‥‥。」
というのです。
「そうなんです、小脳の出血なんです。」
その方はサングラスをかけ、スタスタと歩いているので、あまりどこも悪そうにも見えません。すると、
「どこも悪そうにみえないでしょう?。でもこれが、大変なんですよ。もう13年経ってますが、やはり脳の障害で、起きようとしたら左半身に全く力が入らないのですよ。左の眼瞼もダラリとしてしまってね。トラウマって言うのかなぁ。今でもその時のことがよくフラッシュバックしますよ。」
「道の向こうのほうも変に見えて‥‥。」
というので、
「そうそう、あの歩いている1人の人が2人に見えるし、1台しかない車も2台に見えるんですよね〜。」
というと、
「そうそう、まったく同じですよ。」
と、理解してくれるんです。そして
「それに、家族にもなかなか分かってもらえないんだよね。結構大変な力を使って歩いているってことをね。」
と笑いながら話していました。
高次脳機能障害の方が、やはり分かってもらえないことが2重の障害だって言っていたのを思い出します。医療関係者に話しても、なかなか理解してもらえない微細な脳の障害については、説明のしようがないのです。
この "できるけど上手くできない、できるように見えるけど、実際は常にとても大きな力が必要なんだ"
という思いは、ほんと辛いですよね。
ただ、同じ痛みがわかる人と話すと「そう、そうなのよ〜」
と少し気持ちが軽くなります。
私はまだ8年目に入ったところなので、まだまだ新参者ですね(^^)。
「少なくとも10年はかかりますよね。」
と素直に言えます。

しかし、李白は前回の詩では月と影と3人でお酒を飲むと言っていましたが、今度は月と影と3人で踊ってますよね。
まるで、軽やかな絵ですネ🌝。




[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-07-10 17:53 | Comments(0)

[宿建德江 (建徳江に宿る) ]

b0335110_11122089.jpg
次は、孟浩然(もうこうねん 689年ー740年)のこの詩と決めて、月の写真を撮ろうと待っていたのですが、梅雨なので曇りや雨が続き、なかなか月が見えません(^^;)。
昨日の夕方、ちょっとの間だけ三日月が見えたので、慌てて撮ることができました。

移舟泊煙渚 (ふねをうつして えんしょにとまれば、)
日暮客愁新 (ひくれて かくしゅうあらたなり。)
野曠天低樹 (のはひろく てんはきにたれ、)
江清月近人 (こうはきよく つきはひとにちかし。)
"舟を岸によせて、靄の立ちこめる渚に停泊すると、日は暮れて旅愁があらためて身にしみる。野は果てしもなく、遠くひろがる空は樹々よりも低く垂れ、水は清く澄んで、天上にかかる月がすぐそばにあるように感ぜられる。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

最近手の指が、どこかに打ちつけたわけでもないのに、内出血を起こし「これは、まずい !」と毎日手を確認しています。
始め、左手の薬指がピリッという痛みと共に、みるみる腫れてきて、指の先は冷たくなり「このままだと壊疽してしまう‥‥。」と思い心配していたら、どうやら内出血は止まったようで「ひとまず、やれやれ。」。
しかし薬指といえど、使えなくなると不便で、暫くして指の関節にあるシワが見えてきた時は、ホットしました。
それが、次に右手の親指が内出血を起こしたのです。少し大きな血管が切れたらしく、やはり指先が冷たくなり、指周りのシワもなくなり腫れてしまいました。
「これはもう病院かなぁ。」
「脳でも同じように毛細血管が切れていたら、もうダメかなー」
と思いつつ見ていると、暫くしてどうにか内出血は止まったようです。
でも痛みがあるので動かせません。
お皿を洗う時、タオルを絞る時、箸を持つ時、カメラを持つ時。
使えなくなると、あ!ここでも、ここでも使っている〜と、とても不便です。
外への出血ではないので、絆創膏の出番はなく、とりあえず冷湿布をしてみました。

2日後に親指の爪を触ってみると、少しへこんでいます。
「やはり血管を通り、血液が爪まで常に栄養を届けているので、ちょっとの血流の滞りで、爪の成長も変わるんだなー。」と感心してしまいます。
よく爪は健康のバロメーターと言いますが、人間ってほんと緻密だな〜と改めて思います。
しかし、感心している場合じゃないですよね。
キャベツや人参、玉ねぎをたくさん入れたチキンスープを作り、栄養を摂って、少しでも血管壁を強くしなくちゃ‥‥ですよね。

孟浩然のこの詩で素敵だなぁと思う表現は
「天低樹」と「月近人」です。
空が樹々よりも低く垂れ、天上にかかる月がすぐそばにある‥‥なんて、想像すると、とてもダイナミックだなと思います。
月を見るとワクワクしますね (^^)。





[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-06-29 16:25 | Comments(0)

["杜甫の絶句二首"より]

b0335110_12534080.jpg
梅雨ですね〜。
今回も"杜甫の絶句二首"から一首です。
前回こちらを先に出せば良かったですね。
遲日江山麗 (ちじつ こうざんうるわし。)
春風花草香 (しゅんぷう かそう かんばし。)
泥融飛燕子 (どろとけて えんしとび、)
沙暖睡鴛鴦 (すなあたたかにして えんおうねむる。)
"うららかな日差しをあびて、山も川もうるわしい。春風に吹かれて、草や花がかぐわしい。凍てついていた土もすっかりゆるんで、ツバメは飛び交い、河原の砂もあたたまって、オシドリが眠っている。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

蚊に刺される時期がきました。
速く歩けない私は、外に出る時、花や草がある所を5mぐらい通るのですが、その間に少なくても3箇所は蚊に刺されてしまいます。蚊も必死です。すぐに「獲物が来た〜」とわんさか寄って来ます(≧∇≦)。
それで、今年は庭に2箇所、今回の写真のように蚊取り線香を置くことにしました。
煙や臭いが苦手で今まで使わなかったのですが、使ってみると以外に大丈夫でした。
それに、その効果たるや素晴らしいもので、蚊取り線香を焚いている間は蚊に刺されません。(終わったものをかたずける時は、刺されます(^^;)。)
蚊取り線香は、渦巻き2つが一緒になっていて、使うときにはずしますよね。
今まで気づきもしませんでしたが、右手の力加減が上手くいかない私は、中心の部分を強く押しすぎてポキッと折ってしまう時があるのです。
箱の後ろに"渦巻きのはずし方"の説明が、絵入りで書いてあるのですが、右左の指のつまむ力が均等じゃないと上手にはずせません。
渦巻きは、元々丸く平らな線香を、運搬中折れてしまわないよう、微妙な溝の深さにプレスしあります。これは、すごい技術だと思います。でも、私がそれをバラして2つにするのは、とても難しく、細心の注意を払わなくてはならないのです。
生活の意外な所に落とし穴があるんだなぁと感心してしまいます。
今年からは、この優れものの蚊取り線香は手放せません。ですから、指のリハビリだと思うことにしてます(=^ェ^=)。
蚊取り線香の上の方にある紫陽花は、日々色が変わって梅雨時の楽しみですね。

いつも、漢詩の字を見ていると、すごいなと思います。
今回の詩も、わずか20個の字で、春の表情をたくさん表していますね。




[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-06-14 22:05 | Comments(0)

["杜甫の絶句二首"より]

b0335110_15101658.jpg
たまに鳩に会いますが、いつも "我関せず!" な感じで食事を続けています。

今回は杜甫(712ー770年)の詩です。
江碧鳥逾白 (こうみどりにして とりいよいよしろく、)
山青花欲然 (やまあおくして はなもえんとほっす。)
今春看又過 (こんしゅん みすみすまたすぐ、)
何日是歸年 (いつのひか これかえるとしぞ。)
"川の深みどりに映えて鳥はますます白く、山の青さに映えて花は燃えんばかりだ。今年の春もまた、見るまに過ぎ去っていく。いったいいつになったら、故郷に帰れることか。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

時々外出する"散歩リハビリ"の道順を変えてみました。
久しぶりの道は考えていたより遠く、結構草だらけで歩きにくく、重ねてとても暑い日だったので"もーイヤ〜家に帰りた〜い。" と心の中で叫びながら歩いていました。
急な石段を、手すりがあるから大丈夫だと思い上がっていくと、大きな蜂が‥‥。怖くてしばらく立ち止まってじっとしていました。
やはり、始めての所は大変だ! いつもの道がいい。と思いながら、やっとのこと階段を登り、広い砂利だけの駐車場に出ました。
まだ、右足を前に出しにくいので、とてもゆっくりしか歩けない私を、いつもの道なら多分みんな知っているのですが、始めての道なので、通り過ぎる人も「あら!」「だれかしら?」「たいへんね!」
と言っているようです。
前から歩いてきた人が、足を止めて声をかけてきました。
「どこから来たの?」
「どこが悪いの?」
「私の主人も脳梗塞で倒れて、始めは寝たきりだったのよ。」
「脳出血のほうなんです。小脳なのでバランスが取れなくて。筋肉が落ちないように時々歩いてるんです。」
「そうなの‥‥。私も夫が倒れてから、病院は長く置いてくれないし、色々な書類は書けないし、しばらくはパニックだったのよ。息子たちは一緒に暮らしていないので、あまり頼れないし‥‥。」
「今では、やっと週2回デイサービスに行けるようになったけど、その準備も大変よね。何せ男の85歳なので、体が悪くなくても一切自分のことは人任せの時代でしょ。ズボンを履く時も"うん"と言って足を出すだけなのよ。」
「狭い家なのに、居間から台所までも遠いって言うのよ。」
私はご主人の動けない状態もよくわかるので、
「奥さんが、介護したり、横で見ていたりする方がきっと大変ですよね。」と言ってから
「動きにくいと、居間から台所までは、驚くほど遠いんですよ〜。」と話しました。
実際に前は、少しの距離もほんとに遠く感じるし、立っているだけでも疲れたのです。
「でも、少しはリハビリをしてくれないと‥。嫌がるけど、食べ終わったらお茶碗と箸だけでも台所に持っていくように言ってみたのよ。」
「そうなんです、リハビリって言われるより、今月はあそこの部屋の雨戸しめ係、次の月は朝刊を持ってくる係、今度はあの3つの鉢だけ水をあげる。等、少しずつやれそうなことを具体的に言ってくれると助かるんですよね。」
すると彼女は
「そうよね、最近は前より少し動こうとしてるみたい。また会ったら話しましょうね。」
と言って、少し世間話をしてから別れました。
新しい道でも声をかけてくれる人がいました。
でもやはり次は、慣れた道を歩きます。
冒険はもう少しお預けにします (^^;)。

私の故郷は福島県の会津若松市です。
住んでいたのはほんの少しですが、言葉を聞くとホッとするし、磐梯山や猪苗代湖を見ると「ただいま〜」と言いたくなります。
なかなか帰れない、故郷を思う杜甫の気持ちがとてもよくわかります。




[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-06-04 15:55 | Comments(0)

[獨坐敬亭山]

b0335110_15125508.jpg
まだ、花は色づきませんが、緑が綺麗な5月の紫陽花です。

今回も李白。
「獨坐敬亭山」"独り敬亭山に坐す"です。
衆鳥高飛盡 (しゅうちょう たかくとんで つき、)
孤雲獨去閒 (こうん ひとりさって かんなり。)
相看兩不厭 (あいみて ふたつながらあかざるは、)
只有敬亭山 (ただ けいていざんあるのみ。)
"鳥たちはみな空高く飛んで行ってしまい、ただひとつ浮かんでいた雲も静かに流れ去った。いつまでも向き合っていて互いに飽きないのは、敬亭山よ、おまえだけだ。"
という意味だそうです。
(いつも、岩波書店の「中国名詩選」を参考にさせていただいてます。難しくてパソコンで漢字を見つけられない時もあります。)

ある日、道の途中で突然、前から来た方に話しかけられました。
話しながら握手を求めて来るのです。
意味が少し分からなかったのですが、後ろから自転車で来た方が、どうやら奥さんのようで「すみません、耳が遠い上に少し認知症なので‥‥、すみません。」
というのです。
でも、どこかで会ったような‥。あとで思い出しました。
彼は、わたしが、のろのろと公園の周りを10分の1周歩いているうちに、一周してしまう速さで追い越していく人ではないかと。
意味が分からないことを言っていたのではないのです。しばらく公園に行かなかったわたしを覚えていて、
「しばらくぶり!生きてたんだ!良かった、また会いましょう。」と言いたかったのではないでしょうか。
わたしも言葉が出にくかった事があるので(今でも滑舌が悪いのですが。)分かるのです。
頭の中にはたくさんの言葉が次々に出て来るのですが、それを表現して外に出す事が出来ないのです。
周りから見ると、やはり認知に問題があるように見えるのでしょうね。でも違うのです。もどかしく、言葉を出したいのに出せないのです。それに右手が動かないので字も書けず、表現する方法がないのです。
頭の中で考えた言葉が、口をついて出て来るまでに、百分の一秒遅れをとります。脳の指令で百分の一秒というのは大変な時間です。いつもは考えることと行動することは、やろうと思えば、ほぼ同時に行えますよね。
一緒にいる人は大変かもしれませんが、"この人はきっと理解できている。"と過大評価的に思っている事が大事なのではないでしょうか。
そう思って寄り添っていてくれると大変助かります。
また、パソコンはキーボードを押す事が出来れば言葉を並べる事が出来るので、一つの表現方法として優れものです。
彼は、公園ですれ違うだけで一度も話したことがないのに、憶えていてくれたのです。有難うございます。生きていましたよ(^^)。
また、公園で追い越してください。

李白の詩のように季節が移り変わって、また戻ってきますが、鳥も、空も、雲も、花も、昨日と同じものはありません。
山はまるで多くのものの故郷ですね。






[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-05-21 11:06 | Comments(0)

[蓼蟲避葵菫 習苦不言非]

b0335110_14090496.jpg
鴨たちは、最近よく水から石の上にあがり、飛ぶ練習をしています。
もうじきシベリアの方に飛び立っていくのでしょうか。

今回は鮑照(412 ?-466年)の「代放歌行」"放歌行に代う(なぞらう)"からです。
蓼蟲避葵菫 (りょうちゅうは ききんをさけ、)
習苦不言非 (にがきにならって ひをいわず。)
次に
小人自齷齪 (しょうじんは みずからあくさくたり、)
安知曠士懐 (いずくんぞ こうしのこころしらんや。)
"蓼食う虫は美味なアオイやセリを避けて、苦い菜ばかり食って文句も言わぬ。それと同様に、自分の狭い世界の中でこせこせしているつまらぬ人間に、度量の大きい人物の心が分かるわけがない。"という意味だそうです。

先日公園で会った方は、今年91歳になられるということです。
背筋もしゃんとして、歩くのも早く、かくしゃくとしています。少し耳が遠いと言っていましたが、会話には支障を感じません。
「少し腰掛けて話しましょうよ。」ということで、近くの大きな石に腰掛けました。
彼女はひとしきり家族のことや世間話しをしてから「人生はとにかく我慢よ!。」と言います。
「10年前に医者から、"心臓が弱っているから、ペースメーカーを埋め込んだほうがいいよ。" と言われたんだけど、もう歳だし手術するのは嫌だし、放ってあるのよ。でも最近むくむのよね〜。」
と言いながら、靴下を脱いで足を見せてくれます。
始めてあった人のナマ足を見るのは、こちらの方が少し照れますが、そんな事は気にも留めないようです。
足は、確かにむくんでいるし、爪には栄養が届かず小さくなっています。うっ血もしていて、すぐにでも病院に行って診てもらったほうがいいと思いましたが‥‥黙っていました。
彼女は、何か意見を求めているわけでもないようなのです。
きっと、多くの事をちゃんと自分で決めてきた人なんだろうな〜。
だからいろんな人とぶつかり、我慢も多かったのでしょうね。

私は、"人生はとにかく我慢よ! " という意見には同調し兼ねますが‥‥ 。
少しできることは、何か「ん?」と思うときは、答えを出す前に、("臨場"というドラマの主人公のように) 心の中で、「俺(私)のとは違うな〜。」と思ってみることにしています。
それからゆっくり考えるのです。
人を理解するのはなかなか難しい事です。
ただ、人の話を聞くことは楽しいことですし、少しだけ苦味も分かるようになりました。

最近、療養記からほど遠い内容になってきていますが、入院中ではない療養は、様々な生活の中でなされているんだなぁと考えてくださいね (^^;) 。

[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-05-11 18:04 | Comments(2)

[紅豆生南國 春來發幾枝]

b0335110_17165306.jpg
紅豆生南國(こうとう なんごくにしょうじ、)
春來發幾枝(しゅんらい いくしかはっす。)
あとに
願君多采摘(ねがわくは きみ おおくとりつめよ、)
此物最相思(このもの もっとも あいおもわしむ。)
と続きます。
王維(701-761年)の「相思」(そうし) "紅豆に託して恋の思いをのべる。" という詩です。
"紅豆は南の国のもの、春になるといくつかの枝に実をつける。君よ、たくさん摘みたまえ、これは恋の豆、人思う気持ちをさそうものだから。"
だそうです。
なんだか、約1300年前の時代がとても身じかに感じられます。
漢詩には恋の歌がたくさんあるのですが、「紅豆」は珊瑚色の実で広東地方で取れると書いてあります。まるでコーヒー豆のようです。
しばらくぶりに喫茶店に入ると、香ばしいコーヒの香りと、美味しそうなトーストの匂いがして幸せです。
恋は脳での科学反応とも言われています。
シナプスの間をどのように神経伝達物質が動いていくのでしょうか。
その化学式は、複雑なんでしょうか。意外と簡単なのでしょうか。見てみたいですね。

先日立ち話をしていた方は、10年前までお豆腐屋さんを営んでいたそうです。
そういえば、ここ10年ほどで少なくとも近所のお豆腐屋さん3軒はお店を閉めています。豆腐も元は豆。紅豆同様、人間には欠かせないものです。
会話をしながら買うことができる "お豆腐屋さん" が無くなっていくのは寂しい事です。
その方は「今は、暇にしているからいつでも遊びに来てね。」
と、おっしゃっていました。
「有難うございます。」
写真のピンクの花はカラスノエンドウです。一応豆つながりです(≧∇≦)。

[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-04-29 17:20 | Comments(0)

[兩人對酌山花開 一杯一杯復一杯]

b0335110_07044492.jpg
桜は、もう葉桜になり、公園では、いつの間にかどんどん色々な花が咲いていきます。
今回は、李白の「山中與幽人對酌」(さんちゅうにて ゆうじんとたいしゃくす)です。
山中での生活の気ままな楽しみをうたっています。
兩人對酌山花開(りょうにん たいしゃくすれば さんかひらく、)
一杯一杯復一杯(いっぱい いっぱい またいっぱい。)
そのあとに、
我醉欲眠卿且去(われようてねむらんとほっす きみしばらくされ、)
明朝有意抱琴來(みょうちょう いあらば きんをいだいてきたれ。)
"二人で酒を酌みかわす傍らには山の花が咲いている。一杯、一杯、さらにまた一杯。おれは酔って眠くなった。きみはひとまず帰ってくれ。明朝、気が向いたら、琴を抱えておいでよ。"
という意味だそうです。

父は53歳に膵臓癌で亡くなりました。お酒に弱く、ビールをコップ一杯飲んだだけで赤くなり、すぐ横になって寝てしまいます。でも、飲む席は嫌いじゃなく「一杯、一杯また一杯か〜」と言っていたので、そこだけは覚えてます。
それに、「お前は、酒が強い所は俺に似ていないな。」とよく言われていました。
あの言葉は、この漢詩からとっていたのですね。
大好きな父でした。
話は変わりますが、以前、早朝覚醒や考えのまとまりのなさなどの症状が頻繁に出て、心が危ないかも‥‥と思ったことがありました。
その時に
"自分の前に物差しをイメージして置き、相対する人によっては、1m、60cm、30cm、20cmと、それぞれ違った距離をとって会話すると心が楽になる。"
と、どこかで聞いたことがあったので、やってみました。
心は脳なので、長年の考え方や、物の捉え方のくせがあり、初めの頃はなかなか上手くいきませんでしたが、何度も試して見るうちに、少し気持ちが楽になっていきました。
確かに、全ての人に対して、同じ近い距離に気持ちを置いて対応するのは疲れますよね。
李白のように、知人に
「眠くなったから私は寝る、あなたはもう帰ってくれ。明日、もし気が向いたら、琴を持って遊びにきてくれ。」
と言える、この絶妙な距離間には、つくずく感心させられます。

[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-04-21 17:21 | Comments(0)

[中庭雑樹多 偏爲梅咨嗟]

b0335110_15281800.jpg
いま日本では、桜が一気に咲いていますね。毎年見ますがやはり見事で、また来年も見たいな〜と思ってしまいます。
漢詩には、梅や桃は出てきますが、桜が描かれているのは、まだ見たことがありません。
今回は、鮑照(ほうしょう)の「梅花楽(ばいからく)」という詩の一部です。
中庭雑樹多 (ちゅうていに ざつじゅおおきも)
偏爲梅咨嗟 (ひとえに うめのために しさす)
つぎに、
問君何獨然(きみにとう なんぞひとりしかるや)
念其霜中能作花 (おもえ そのそうちゅうに よくはなをなし、)
露中能作實 (ろちゅうに よくみをなすを。)
と続きます。
"庭には色々な樹木があるのに、私が嘆賞するのは梅の木だけだ。他の木に「先生はなぜあいつ(梅の木)だけをほめるのですか?」と聞かれたら「それは梅の木が霜の中でも花を咲かせるばかりでなく、露に打たれながらも実を結ぶからさ。‥‥」"
詩は、そのあとも続き、
"他の木は暖かくなったら競い合うように花を咲かせる‥‥。" と、根性がない無節操な人びとを例えている詩だそうです。
そう言えば、梅の花は寒い時に咲いて、香りも良く、梅雨の時期に梅の実がなります。
そうなると桜は無節操な部類に入りますね(^_^)。
桜の季節になると、あまり人がいなかった公園にも、カメラを持った人が増えてきます。
同じ桜を狙って撮っているのに、きっと同じ写真はないのです。
最近よく思います。同じ物を見ていても「他の人はどう見ているのかなぁ。」と、
分かったつもりになっていたことが、こんなにも違っていたんだ〜。と思うことが多々あるからです。
言葉が出にくかったり、早く歩けなかったりしたことは、そのぶん余計に時間がかかるのですが、グズグズしている時間の流れの中で見えてくるものも多くあります。特に自然の中に気がつかなかったことが、なんと多くあることでしょう。
このブログを書くにあたって漢詩と出会えたことも素敵なことです。
それにしても、梅のように根性がなくても、ぱっと散っても、あんなに皆んなに喜ばれる桜は、やはり愛すべき花ですね。



[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-04-11 20:05 | Comments(0)

[花間一壺酒 獨酌無相親]

b0335110_15154499.jpg
花間一壺酒 (かかん いっこのさけ)
獨酌無相親 (ひとりくんで あいしたしむものなし)
つぎに
擧杯邀明月 (さかずきをあげて めいげつをむかえ)
對影成三人 (かげにたいして さんにんとなる)
この後、詩は、まだ続きますが、今日はここまでです(^^)。
李白の「月下獨酌(げっかのどくしゃく)」という詩です。
"咲きにおう花かげに酒徳利を持ち出したが、一緒に相手をしてくれる友もない。そこで杯をあげて明月を招き寄せ、わが身の影と合わせて三人の仲間ができた。"
という意味だそうです。
月と自分と、自分の影で三人なんて、とても素敵な飲み会ですよね。
朝カレンダーを見たら、今月は31日まであるのを発見!。
まだ一回しかブログを書いていなかった今月
「あーぁ、終わっちゃうな〜」
と嘆いていたので、少し得した気分です(≧∇≦)。

今回は物の見え方について、今の段階を少し振り返ってみます。
視覚については、右目を隠して左目だけで見ても、左目を隠して右目だけで見ても、どちらも物は見えるのです。
しかし、両方の目で見た場合も物は見えるのですが、何か違和感があるのです。
「違和感がある。」
というのは、なんだか言う方は説明が長くなる時、聞く方はなんとなく納得できる場合に使う、便利な言葉ですね。
でも、必要なら、もう少しお互い突っ込んだ表現を探すと、何かがはっきり理解できるかもしれません。
小脳の障害なので、"きっと焦点が合わないんだろうな〜"と、前から思っていたのですが、最近は、左目が、きちんと開いている!。仕事をしている!。焦点を合わそうとしている!。
と、感じる事がよくあります。
それで、わざと目をギョロリと大きく見開いてみたりしています。
物の立体感が強く見えることがあるんです。
説明しづらいし、理解しづらいですよね。
とてもゆっくりですが、変化していることは実感できます。同じ症状がある人になら分かってもらえるかもしれません。李白が、寂しいけれど、月、影と3人でお酒を飲む。それは、静かな喜びも少しはあったんだろうな〜と想像するのと同じです。
酔うということは、小脳が一番敏感に感じるので、お酒の量には気をつけていますが、カップの中に花びらが、ひらひらと落ちてきてほしいものですね。

[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-03-31 13:40 | Comments(0)

[渡水復渡水 看花還看花]

b0335110_16493824.jpg
渡水復渡水(みずをわたり またみずをわたり)
看花還看花(はなをみ またはなをみる)
そのあとに、
春風江上路(しゅんぷう こうじょうのみち)
不覺到君家(おぼえず きみがいえにいたる)
と続きます。
明代の詩人 高啓 (1336-1374)の詩「尋胡隠君」(こいんくんをたずぬ)です。
"水を渡り、また水を渡り、花をながめ、さらに花をながめ、春風にふかれつつ河沿いの路を行ったら、いつのまにかあなたのお宅に着いていました。"
という意味だそうです。
もう、梅は散って桜にバトンタッチする時期ですが、遅咲きの梅が咲いていました。
川をたくさん渡り、花をいっぱい見ているうちに、知らず知らずのうちに思い描いてる人の家が見えてくるなんていいですよね。
きっと携帯やスマホがある今の時代では、考えられない喜びでしょう。
世の中は、びっくりするくらい、どんどん便利になっていきますが、苦労して見つける喜びなど、忘れられたものもありますよね。
3ヶ月に1回の通院の日に、主治医が「歩きにくいですか?」と聞くので
「少しずつ良くなっているのはわかるのですが、まだ歩きにくくて‥‥。これは、元に戻るのですか?。」
と聞いて見ると、
「戻りますよ!。」
と言うのです。
もう7年にもなるので、ダメかな〜と最近弱気だったので、
"たくさんの患者さんを見て来た医師が言うのだから、もう少し信じてみよう。"
と思うことにしました。
"信じる" "信じてみる人がいる" って、なんとなく明るい感じがしますね。
高啓が見た、水や花のようです (^^) 。


[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-03-21 19:21 | Comments(0)

[誰家玉笛暗飛聲 散入春風滿洛城]

b0335110_10120469.jpg

誰家玉笛暗飛聲(たがいえのきょくてぎぞ やみにこえをとばす )
散入春風滿洛城(さんじて しゅんぷうにいって らくじょうにみつ)
李白の「春夜洛城聞笛」(しゅんや らくじょうに ふえをきく)から、です。
"夜どこかの家で笛を吹いている。暗闇に流れる音は、春風に乗って町のすみずみまで広がっていく。" という意味だそうです。
今の街では不可能なことですが、夜の静けさの中、透きとおった音が響いていくのを感じます。
そのあとの詩には、故郷をしのぶ李白の気持ちが続きます。
今回の写真は水に映った家や木です。(逆さではないのです。)
家、木や草が、水とともに揺らいでいると、李白の詩のような時間が流れますね。
揺らぎといえば、私はしばらく、眼から入る映像が歪んでいたのですが、曲線を描くように揺らいでいたのではなく、直線が歪んでいるんです。
うまく説明できませんが、今も少しそうです。風景を立方体だとすると、それを左右の対角から、ぎゅっと押した感じなのです。
話は変わりますが、ある日、藤色のダボっとしたスーツを着て、遠目でも大きくガッシリしているのが分かるヤクザ風のお兄さんが、2個先の信号を曲がり路地に入って行きました。
私と同じように右足が思うように動かないようです。でも歩きが速いのです。大きく身体を動かしながら、そして右足をするように前に出し、どんどん遠くに行きます。
あれだけ速く歩ければ、怖いもの無しですね。
それからは、藤色スーツのお兄さんの後姿が(本人は全く知らないでしょうが)、私の目標になっています(^_^)。


[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-02-28 19:09 | Comments(0)

[春眠不覺暁 處處聞啼鳥]

b0335110_15034405.jpg
春眠不覺暁(しゅんみん あかつきをおぼえず)
處處聞啼鳥(しょしょ ていちょうをきく)
次に、夜來風雨聲(やらい ふううのこえ) 花落知多少(はなおつることしらずいくばくぞ)
と続きます。
「春眠、暁を覚えず。」は知っていますよね。眠くて起きられない時は言い訳に良く使います。でも、あとの3行は覚えていません(^^;)。
孟 浩然 という李白と同じ唐時代の人が書いた「春暁(しゅんぎょう)」という詩です。
春ののびやかな気分を描いています。
前半2行の意味はだいたいわかりますが、後半2行の意味は"昨夜雨の音がしていたけれど、花はどのくらい散ったかしら"だそうです。
湿度もある、暖かなゆっくりとした春の朝を彷彿とさせます。
この時代は花粉症なんてなかったのでしょうね。
もう2月も後半に入りますが、花はあまり咲いていません。でも、梅は咲きはじめています。
最近週に一回以上公園に行くようになりました。
同じ1日のはずなのに、一歩も外に出たくなかった自分が不思議としか言いようがありません。
入院中は、とにかく家に帰りたい。
うちのお風呂に入りたい。
少しだけお掃除ができればいい。
なんでもいいから好きな料理を自分で作る事ができればそれでいい。
と言っていた私が、だんだんあれもやって見たい、もう少し早く歩けるようになったらここにも行ってみたい‥‥と思い始めました。
同じ1日の時間の中、病院にいた24時間、外に出たくなかった24時間、今の24時間、これからの24時間、で、何か幅が、奥行きが、厚みが、違うような気がします。
やはり、それぞれの時間に影響を及ぼすのも、脳の視覚情報認知機能の不具合なんでしょうか。
「春暁」のように、鳥の鳴き声も、雨の音も、花が散る様子も感じていきたいものですね。



[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-02-18 07:36 | Comments(0)

[陽春二三月 草與水同色]

b0335110_16205974.jpg
陽春二三月 (ようしゅん にさんがつ、)
草與水同色 (草とみずと いろをおなじうす。)
‥‥猫の写真じゃなくてごめんなさい。
漢詩に合った写真をと考えると、このような写真になってしまうのは、やはり詩の思いは、風景に溶け込んでいるからでしょうか。
これは無名の方が書いた詩の一部です。
"二月、三月、春のさかり。草も水も緑一色。"という意味だそうです。
今は、まだ緑が足りない日々ですが、水面には春がやってきています。
前に"朝起きた時、天井が揺れて見えるので、眼を開けるのが怖い。"
と書きましたが、だんだんそれもおさまり、眼を開けた時に天井が揺れている時間が少なくなりました。
そんな「良かった〜」と油断していた頃、目覚まし音が鳴り"ガバッ"と急に起きてしまったのです。
そのあとです。グルグルと天井が回り始めたのです。
"これは、まずい!"と眼を閉じました。
最初に倒れた時は、眼を閉じても全体が回る回転性のめまいだったのですが、今回は眼を閉じればおさまっています。でも、そーっと眼を開けてみると風景は回っています。
こんな時は思わず「ごめんなさい、御免なさい。少し調子に乗りすぎました。」
と、心の中で、誰とはなしに謝ってしまいます。
そんな状態は10分ぐらいで終わりましたが、恐怖です。
それで、今回のお話の落とし所は、春が近いからと行ってあまり浮かれないこと‥‥です。
呑み過ぎたり、食べ過ぎたり、動き過ぎたり (^^;) 。
あれから目覚まし機能は切りました。
脳のことだけではなく、身体の動きのことも考えてあげましょう。


[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-02-07 10:06 | Comments(0)

[崢嶸赤雲西]

b0335110_08561035.jpg
崢嶸赤雲西(そうこうたるせきうんのにし) 。
"李白"と重なる時代の"杜甫"の「羌村」と言う詩から一行目です。
この漢字が、写真に合うかなぁと思い選んだのですがどうでしょうか。
杜甫は、家族がいる羌村に向かう際、辛いことや悔しい思いがあり、きっと悲しく空の向こうを見上げたんだと思います。
この行は "空高く立つあかね雲の西"という意味らしのです。
夕方の空を撮したのは初めてなのですが、私には、ただただ綺麗に映ります。
心の状態で、風景は変わりますね。
そんな時、ふいに声をかけられYスーパーへの道順を聞かれました。
「まっすぐ行って、あの信号を右に曲がって、5分ぐらい歩けばつきますよ。」
と言うと、その人は可愛らしく笑って「ありがとうございます。」
と言うと歩き始めました。
私も帰ろうと振り返ると、5メートル程先でさっきの女の人が前から歩いてきた人に、またYスーパーへの行き方を聞いています。
そう言えば、その人は私の前にも誰かに何かを聞いていたような気がします。
ただ人と話したいのか、聞いた記憶が続かないのかは定かではないけれど、不思議な明るさを持った人でした。
私と言えば「なるほど記憶って不思議なものなんだな〜」と、脳の機能だけに、考えさせられながら帰って来ました。
辛く悔しい思いも、忘れてしまえば笑っていられるのに‥‥。でも、楽しい思いも、次何をやるのかも忘れるんですよね。それは困りますね。
話は変わりますが、最近また少し右足が成長したようです。歩こうとする時、前に出る速度が少し早くなったし、ピョコッとあまり上に上がらないようになってきました。
脳の神経が少しずつ伸びてきてるんでしょうか。
全く、つくずく右足は、新参者です。


[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-01-31 17:44 | Comments(0)

[牀前看月光]

b0335110_22434181.jpg
「よそ見をしながらすみません、遅ればせながら明けましておめでとうございます。」

もう七草粥も終わり8日ですが、書く内容に窮してしまったので、しばらく考えてました。
やっと今年からは、題名を漢詩から一部いただき、そのことを内容に含めて書いていこうと思いたちました。
不勉強なので、期待してくださいね ! とは言えないのですが、漢字は1つの文字の中にたくさんのイメージが詰め込めるんだなーと思い感心しているので、見た人それぞれの思い出も含め、色々な映像を頭の中に思い描けるかもしれません。
私も調べつつ進めてみます。
まず今年初めての題は「牀前看月光」です。(しょうぜん げっこうを みる)
唐時代の詩人"李白"の「静夜思」という漢詩からです。
といってもいつ頃の人? ですよね〜。
どうやら700年頃のようです。日本でいえば、奈良時代の頃です。
寝台のあたりに落ちてくる、月の光(かげ)を見ている情景です。
今は電気の光が多く、月は見えても、その光りでかげができている情景にはなかなか出会えません。
仕事を辞めてからは、ほぼ引きこもり状態で、家の一階を行ったり来たりの毎日だったのですが、ニ年半経った頃、二階の雨戸を毎日閉める係になると宣言してしまったのです。
それは、ある日、昼の空に月を見たからです。
もともと月の満ち欠けや、月の位置が毎日違うことが理解できず、あれ!なぜに今日は西の低いところに月がとか、金星は見えるのに、月が見えない‥‥など毎回首をかしげていたのですが、昼の空に月を見て感動してしまったのです。
この漢詩3行目には月が出て来ますが、一行目は月かげだけです。
でも、花の香りや、ひっそりとした夜の雰囲気が、かげとともに感じられます。
確かに雨戸を閉めるまえに、二階の窓から思いきり外に向かって顔を出すと、冷たい風が気持ちよく、さまざまな香りや音を運んで来ます。
もちろん、毎晩どこかなとさがして見つけた月も綺麗です。
今日は雨降りで、残念ながら月は見えませんでした。

[PR]
# by no-shukkettsu | 2017-01-08 23:13

[2つの手]

b0335110_14573008.jpeg
「2016年の終わりは、緑色した目の私が‥‥良いお年を!。」

たしか、今年の初めに"潔い年でありますように!"と書いた覚えがあります。
あと1日で終わりますが、さてどうだったでしょうね。
「"潔い"と言うのはザックリしすぎでしたが、まあまあどうにか一年頑張ったじゃない。」と、自分を甘やかして、言ってあげることにしましょう。
今回は、今年出会った2つの「手」についてお話しします。
1つ目は
私が信号を渡ろうとしてまごまごしている時のことです。信号周辺は工事中だったので車がたくさん並んでいました。
とりあえず信号が青になったので、渡ろうとすると、大きな声で叫びながらこちらに走ってくる男の人がいるのです。足が今よりもっと不安定な頃ですから下を確認しながら歩いていて、なかなか前を見ることができません。すると今まで工事をしていたらしいその男の人は私の近くまで来ると、軍手をとり「私の手に捕まって下さい。向こうまで一緒に行きましょう。」と言うのです。
知らない人からそう言われるのは初めてだったのでビックリしました。それに、持った手の分厚さにまたビックリです。"力仕事をしている人の手は、大きんだな〜"と思いながら、思いっきり頼ってしまいました。工事を中断するなんて大変なことでしょうにね。
2つ目は
いつも通院している病院が少し不便な所にあるので、タクシーに乗るのですが、止まるのは、病院の玄関に行くために一度道を渡らないといけない場所になってしまいます。ですから、いつもタクシーから降りると車が行ってしまうのを待って、左右を確認してゆっくり道を横切ります。5mぐらいの道ですから走ることができれば3秒なのですが‥‥。
その日は病院前に着いて車から降りてからも、タクシーが動かないので変だなーと思っていました。すると、運転手さんが降りてきて「大丈夫ですか? 向こう側まで一緒に行きましょう。」と言って手を差し出してくれるのです。やはり大きくて力強い手のひらでした。
不意に優しく差し出された2つの手は、どちらも暖かく、優しさとともに、情景までもが思い出せます。
ありがとうございました。


[PR]
# by no-shukkettsu | 2016-12-30 15:25 | Comments(0)

[立ち話し]

b0335110_13210275.jpeg
「だれも遊んでくれないので、ふて寝しま〜す。」

先日、歯科医院に行く道で出会った人は、緑内障で視野狭窄が起こり、危ないので杖を持っているんですと言っていました。
一方通行の道で出会い
「遠くから見ていて、失礼かと思いますが!可哀想だな〜と思ったんですよ。」
と言います。"可哀想"と言う言葉は、しばらくぶりで聞きました。
"そうですよね、みんなそう思ってるんだけど、これは面と向かってなかなか言えない言葉ですよね。"
「失礼だなんて、大丈夫ですよ。声をかけて頂いて有難うございます。」
"以外と可哀想と言われても、平気な感じがした。"
「杖は使わないのですか?私は視野が狭くなってるので、足は悪くないのですが、杖を持ち歩いてるんですよ。」
「そうですね、杖を持った方が自動車なども気をつけるのでしょうけど、小脳の出血が原因なので、これ以上何かを持つと、かえってバランスを崩すんですよ。」
「じゃあリュックの方が安全ですよ。」
「それが変な病気で、倒れた頃に持っていた物をぶら下げていないと、不安定なんですよ。」
その時も左手にバックを一つ持っていたのですが、手ぶらだから良いというわけでもなく、不思議な脳の癖なのです。
その人は
「前は料理人だったのですがこの病気になってから、危ないのでやめました。運転免許も返上したのでもっぱらの日課が散歩です。いつもは糖尿病で歩けなくなった妻の車椅子を押しているので、その方が返って安定して歩きやすいんですが‥‥。一人の時は杖に頼ります。」「子供は5人いるんですが、滅多に帰ってきません。頼るものではないですね〜。」
「そうですよ"便りがないのがよい便り"ぐらいに思っていなくちゃですよね。」
と笑いながら、子供達がどこに嫁いで、どんな仕事をしているかなど、約20分ほど立ち話をしてしまいました。歯科医院の受付時間が迫っていなければもっと話してしまったかもしれません。まだ、人生の100分の1も聞いてませんしね。
人生はドラマですね。
そうそう、歯科医院はもう虫歯はなくなったので、月1回検診と歯のお掃除のため通ってます。毎日「歯や歯茎が痛くないってなんて幸せなんだろう。」と思いながら食事をしてます。
今月で倒れて6年6ヶ月が過ぎました。
近況報告として
・あんなに二足歩行が羨ましかったのに、今は、どうにかフラつきながら歩いていて"二足歩行がした〜い"と心の中で叫んでいない自分が不思議です。
・右手で箸を使ってます。右脇をちゃんと閉めれば、少し上手に口へ持っていけます。
・とても嫌いだった、ヘビーローテーションの口の狭いコーヒーカップを洗うとき、中にどうしても指が二本しか入らなかったのに、なぜか今では4本入ります。
時間はかかりますが、あいかわらず、毎日"おや!"と思う動きの変化があります。



[PR]
# by no-shukkettsu | 2016-12-13 13:35 | Comments(0)

[公園でのお得情報]

b0335110_07114154.jpeg
「今日もちゃんとしていますか。見てますよ!パソコンの上からですが‥‥‥。」

仕事をしている頃、大好きな上司が印刷された絵を指差し「ほら、健康な人々を支えているのは病人だよ。」と言っていました。
見てみると、あちこちを動きまわっている多くの健康な人達を乗せたお皿を、さらに多くの病人が持ち上げているイラストなのです。
そういえば、公園で出会う人は、みんなどこかに病を持っています。
私がゆっくり歩いているので、話しかけてもいいのかな〜と思うらしく、公園に行くと必ず1人は初めて会う人と話すことができます。
ひざの関節が痛く歩きにくい人。糖尿病でなかなか好きなものを食べられない人。両方の股関節を手術したので、うまく歩けず自転車を杖代わりにして押している人。脳梗塞のリハビリで歩いている人。どこも悪くなさそうなのに、話をしてみると握力が無くなっているので、瓶の蓋を開けるのが大変なんだと言う人‥‥。
足早に通り過ぎて行く人も多いのですが、もしかするとその人達も、肝炎や胃潰瘍などの内臓疾患を患っているかもしれません。
なるほど、あのイラストはやっぱり合ってるんだと、妙に感心しながら思い出します。それに公園で会う人達からは、生活のヒントを貰えます。
ある日、いつものように初めて会った人と話をしていると
「この街はいいですねー。市役所もホテルみたいにゆったりしていて、みんな優しくて。引越して来て本当に良かった。」
と言うのです。彼は今年の7月に東京からこの街に越して来たそうです。
私も自分が住んでいる街を褒めてもらえたので、嬉しくなり
「とても静かで住みやすいですよ〜。」と言いました。すると
「この街は、デマンド交通というのがあるそうで、登録すると、高校生以上なら2000円までのタクシー運賃が500円になるそうですよね。電話をかけると車が家まで来てくれるので、病院や買い物に行く時など、運転免許を返上したので大助かりです。今日も病院に行く時はタクシーに乗って、帰りはゆっくり散歩です。」
というのです。
えー地元なのに、そんなお得情報を知らなかった。
お返しに
「この公園は春になると桜が満開で綺麗ですよ。」
と、お得情報をさしあげました。



[PR]
# by no-shukkettsu | 2016-11-21 23:54 | Comments(0)

[食べ物を口に運ぶ時]

b0335110_19070920.jpeg
「うん〜。少し飛んでみるか ! 」

食事の時はなるべく右手を使うようにしています。
右利きの人は、右手で箸を持ち、箸でご飯やおかずをとり、口に持っていきますね。
でも私は、口へ運ぶ時になんとなく誰かに「アーン」と食べさせてもらっているような変な感覚があるんです。
自分の手がやっている事なのに、なんだか介護されてるような、口に入れてもらっているような‥‥。たまに「口はこっちですよ! 」と言いたいくらいな感じなのです。
左手を使う場合は、そのような感覚はなく、自然に口に食べ物を運んでいます。
不思議です。これは書いておかなくちゃ、通りすぎると自分もきっと忘れてしまいます。
左手が右手に持たせた箸も落としてしまったり、スプーンの細い柄が持てなかったりしたので、しばらく食事は左手を使い「あれ、左利きだったっけ?」と聞かれていたくらいでしたから、進歩といえば進歩なのですが。
まだ、右手は10%ほど他人のような感覚なんです。
久し振りに映画のお話をします。
大好きな俳優さんの一人、アル・パチーノ が主演の「セント・オブ・ウーマン(夢の香り) 」です。
アル・パチーノは、毒舌家で気難しい盲目の退役軍人スレード中佐を演じています。
アルバイトで彼のニューヨーク旅行中の世話をすることになった、心優しい若者 チャーリーとの友情や信頼の物語なのですが、中佐はいつもヒステリックに怒るので大変です。
色々な事件が起きますが、一番思い出すのは、中佐がタンゴを踊るところです。視力が失われると香りがとても良くわかりますし、香りは記憶に直結して色々な事が導き出されます。そんなあふれるような想いがつまった夢のような瞬間です。
悲しくて優しく、そして勇気のある映画です。ぜひ見てみて下さい。

[PR]
# by no-shukkettsu | 2016-11-08 19:28 | Comments(0)